ポリーニの若い頃は一種の神通力が備わっている感を思わせる凄味があった。ショパンの練習曲を初め、難曲をさらりと、されど完成度高く表現する手腕には脱帽する。メカニカル的に上手い人は最近でも何人も輩出されているが、時代の違いもあってか、ポリーニほど話題になる人はいないようである。ショパンの練習曲は圧倒的であるが、一連のシューベルトとシューマンのソナタ、幻想曲もまた素晴らしい演奏である。
シューベルトの「さすらい人幻想曲」は、シューベルトの中では異質な曲である。ダクチュル音型を用いた華やかな音楽が展開される。おそらく、ベートーヴェンを意識して作曲したものだろうが、それとは似て非なる曲になっている。美しい転調と多用される繰り返しはシューベルトの特徴といえるだろう。ポリーニの彫刻されたピアニズムは、この騒がしくなりがちな曲を類稀れなる構成感で表現している。シューマンの「幻想曲」はベートーヴェンの記念碑建設のために書かれた曲であり、クララに対する情熱的な想いが結晶した、幻想曲という分野における傑作中の傑作である。この曲もシューマンの作品の中では最もベートーヴェン的な部類に入るが、シュレーゲルの
すべての音を貫いて
色とりどりの夢の中
幽かな響きが聞こえてくる
じっと耳を澄ませる者には
というロマン主義的な詩が掲げられているように、実に奥深いロマンに満ちた曲である。この曲の演奏も大変難しく、メカニカルはもちろん、表現力が求められる。一つ間違えると野暮ったく聞こえかねないし、構成ばかりに気を取られていると、ロマンの感じられない乾いたつまらない演奏になってしまう。名演奏と言われるリヒテルの演奏はどちらかといえば、ロマンを重視した演奏であった。ポリーニはというと、構成を重視した実に明晰な演奏なのだが、不思議と淡いロマンが漂っている。実に理知的な演奏なのだが、曲の特徴をそのままはっきりと表出した演奏と言うことはできないだろうか。良い曲とは、演奏家が過剰に表現しなくともその良さが出てくるものであり、逆に悪い演奏ではつまらなくなってしまう曲のことを言うように思う。
ポリーニのベートーヴェンは私はあまり感心しなかったが、ベートーヴェンを模範として作曲された、シューベルトとシューマンの両幻想曲は大変素晴らしい。大理石のようなポリーニのピアニズムが生み出した最良の遺産の一つと言えるだろう。