純文学からSF・ミステリーと作風の幅を広げ活躍する現代アメリカ文壇の人気作家シェイボンが挑んだ本格的ホームズ・パロディー小説の力作です。まず本書は間違いなくシャーロック・ホームズが登場する物語でありながら、原題名でも本文でも「ホームズ」という呼び名を全く使わず終始「老人」とのみ表現している所に著者のこだわりを感じます。日本ではわかり易くして読者の関心を惹く為に一目瞭然の訳題にしていますが、わかる人にはわかるさという自信からか素っ気無く飾り立てない姿勢に、良い悪いは別にしてこの辺に日米の国民性の違いがあるかなと思います。物語はホームズがサセックスのサウス・ダウンズで養蜂家として余生を送る1944年7月の御歳89歳での活躍が描かれています。私的には親友ワトスン博士の消息について全く触れられていない点がやや残念に思いました。
英国南部の司祭館の経営する下宿屋で殺人事件とオウムの失踪事件が起きる。地元警察から捜査への協力依頼を受けた近くに住む嘗ての偉大な探偵の老人は最初渋るが、事件に関係する口が利けないユダヤ人の難民少年リーヌスと相棒のオウムのブルーノの失踪に強い興味を示し、実に久々に捜査に乗り出して行く。
本書で印象に残ったのは蜂の飼育を通じてユダヤ人少年と老人とがふれあうほのかな友情の場面です。推理や真相の部分は期待した割には平凡な出来ですが、著者はラストで解明される「オウムの口走る数字の正体」が示す悲惨な歴史的事実(これも又読者の想像力に委ねられます)が、ホームズ初期長編の伝記的物語にも負けない重みを持つと考えてわざと単純にしたのだと思います。また老人が肉体の衰えから遂に弱音を吐く場面が真に痛々しく、名探偵クイーン後期の苦悩する姿がダブって悲しくなりました。無茶な話ですが叶うならばホームズにはサイボーグ化してでも偉大な名探偵として永遠に生きて活躍して欲しい気持ちが湧いて来ました。