シャーロック・ホームズが活躍した19世紀末から20世紀初頭の頃、日常身辺の科学が急速に発達した。それは、その後犯罪捜査に活かされ、指紋・足跡・弾道痕・血痕・毒物・付着物などが犯人検挙に使われるようになった。ホームズは、まさに犯罪捜査における時代の変わり目に活躍した探偵であったと言える。
本書は、ホームズ物の小説の中で交された会話の断片を中心にして、それ以前に起こったさまざまな殺人事件の捜査のあらましと、それ以後に開発され警察が採用するに至った科学捜査の手法を対比しながら、犯人検挙の虚々実々の歴史をたどったものである。現実に起こった数々の事件を振り返りながら、科学の知見が現実の犯罪捜査に活かされるようになった歴史がよくわかるし、推理小説の種本を読む思いがする。
ホームズの生みの親コナン・ドイルにはさまざまな先達がいた。良き恩師でありホームズのモデルとなったジョゼフ・ベル、変装の名人で犯罪の手口に詳しかったユージーン・ヴィドック、犯罪学教授にして捜査規範を出版したハンス・グロス、ささいなことにも注意を払うことを奨励したヘンリー・ゴダードなどである。ドイルは、彼らならどう対応しただろうかと想像しながら筆を進め、また同時代に起こった事件についてあれこれ推理したのであろう。現実の事件と類似した状況を小説に取り入れ、ホームズに名推理を展開させているからだ。著者のうんちくをこれでもかと言わんばかりの数々の事件の裏話が実に興味深い。