2006年1月、光文社文庫から、日暮雅通氏の個人訳による『新訳 シャーロック・ホームズ全集』の刊行が開始された。短編集5冊と長編4冊の全9冊が、各巻3カ月おきに発売され、ちょうど2年がかりで完結する予定となっている。その第1回配本が本書、『シャーロック・ホームズの冒険』である。
すでにホームズものの翻訳は枚挙に暇がない。現在書店で入手できるものだけでも、新潮・創元推理・ハヤカワミステリの各文庫や、偕成社版全集(子供向けながら完訳版)などが挙げられる。
これらに加えて今回発表される日暮訳の特長とは何か。まず、新訳ならではの自然な訳文が読み易く、現代の読者も違和感を覚えずに読むことができる。しかしその一方で、英国ヴィクトリア朝の文化の理解にも配慮がなされ、訳注が添えられている。例えば、当時のポンド・シリングといった通貨単位が、現在の日本円でいくらくらいなのか、といった説明など、非常にありがたい。
またこの注釈も、内容理解に必要な範囲で最小限のものが付せられているのみで、作品を深読みするシャーロッキアン的・研究的なものは、あえて付けられていない。それもひとえに、「純粋にストーリーを楽しみ、十九世紀末の英米で読者が夢中になってホームズの冒険に読みふけったのと同じ体験をしてもらうことが、本全集の企画の意図であるからです」(訳者解説より)。
つまり本全集では、かつてホームズを読んだ、あるいはこれから初めて読む現代の読者が、文庫本という手軽な形態と信頼度の高い新訳文で、ホームズ物語そのものの魅力を新たに味わうことができる、と言える。
またカバー装丁の面でも、傷のつきにくい洒落たデザインが採用されており、手に取り易い。欲を言えば、シドニー・パジェットによる発表当時の挿絵を、もっと数多く収録してほしかったが、上記のような全集の性格上、網羅的なものを期待するのは、少々ないものねだりかもしれない。