文字のない口頭伝承の文化を育てたアイヌ民族の誇りが英雄=シャクシャインに集約される。そんなアイヌ民族が我が国の「先住民」として国会決議で認められた昨年、その名前を偶然に知ることとなった。
徳川幕藩体制が固まった17世紀中頃の蝦夷地を舞台に、圧政を敷く松前藩に抗してアイヌ蜂起軍を率いた総首長シャクシャインが物語りの主人公である。自然の恵みを享受し自給自足での生活を営むアイヌにとって、シサム(友好倭人)は酒や煙草などの交易相手であったが、砂金掘りで川の水質を汚濁し貴重な鷹を狩るシャモ(性悪倭人)は許し難い存在であったことが読み取れる。
若き日のシャクシャインは、英雄色を好むの言葉どおり、近隣部族の女と密通騒ぎを引き起こして郷里を追放される素行の良くない若衆として描かれる。妻子の病没後に山野を放浪したシャクシャインは、寄宿した周辺部族の間で徐々に頭角を顕わし、やがて名声を確立していく。
一斉蜂起の背景には、砂金収入の落ち込みなど藩財政の窮乏を補うために、松前藩が突然アイヌに対して米の交換比率を切り下げたことへの不満と、部族間抗争に介入してくる藩への積年の憎悪があったという。
松前軍の擁する「鉄砲」の威力は凄まじく、毒矢での抵抗だけでは連携アイヌ各部族も脆かった。アイヌ側の持久戦術を惧れた松前藩は、アイヌ部族の一部を懐柔し、シャクシャインに降伏勧告を突きつける。自らは逃亡を装った脱出作戦を提案するも、長老会議の衆議は断固降伏拒否、徹底抗戦を貫くと決した。
松前藩側はすかさず降伏勧告を撤回しシャクシャインに和睦案を提示するが、恐ろしいことにこれはシャモ(性悪倭人)らしい、騙し討ちの口実だった。和睦を餌にシャクシャインたちを呼び出し、準備した祝い酒に酔い潰れたところを襲ってアイヌ側幹部をことごとく血祭りにあげたのだ。
捕虜一人を除いてシャクシャイン以下十六名が謀殺された。ここに歴史に残る大叛乱も鎮定収束の方向に進まざるを得なくなる…。壮大な歴史読み物ながら、倭人の末裔としては後味の悪さも感じる。少数民族の抵抗を抑えた歴史の裏面を正しく認識しておかねばと思う。