故米原万里氏のファンだという友人からのメールがきっかけで読みました。
「今、田丸公美子の『男と女』を読んだの。あ〜、よかった!」
「どういう風によかったの?」
「私にとっての良い本とは、私を別の世界に連れてってくれて、なおかつ、ページを手繰る手が止まらない本。私、分析は苦手だからそれ以上は言えないわ。興味あったら読んでみて」。
<別の世界に連れて行ってくれて、なおかつ、ページを手繰る手が止まらなくなる>
それなら私も・・・実際に読んでみました。
同書は心に触れる6つの物語から成っています。それぞれの物語が、実在の人物達を描いた実話だというのが特徴のひとつ。筆者田丸公美子氏が長い職業人生のなかで出会い、日本とイタリアに離れていながらも、仕事を通じて再会を重ね、それなりに長い時間を共有した人々の人生模様が描かれています。つまり物語のスパンが長いというのがもうひとつの特徴です。イタリアの各業界で名を成したセレブなひとびとの人生の浮沈が、筆者独特の距離感――一流の通訳者ならではの洞察力と共鳴力に客観性が加わった絶妙の距離感――を保って描かれています。
どのエピソードも、かなりセレブな人々の華やかでいて、ちょっと可笑しくて、やがて悲しい人生の変遷を語っています。ユーモア溢れる語り口に魅了され、ついついページを手繰るスピードが加速していきますが、ざっと読み飛ばすには勿体無い深遠な人生訓に満ちたエピソードの連続です。ティッシュとイタリアンローストのコーヒーを用意して、舐めるように味わいながら読みました。
なかでも個人的にたいへん身につまされたのは、イタリアのエステ業界の大物女性カルラの人生です。このエピソードは堪えました・・・。堪えすぎて、読後しばらく感想を述べる気がしなかったほどでした。こんなにセレブなひとの人生と卑近なものを較べてしまうのはおこがましいのはもっともですが・・・しかし、しかしです、女に生まれてウン十年、恋も結婚も経験してくれば、それなりに色々あります。カルラの人生はシチリアの田舎娘が幸せを求めて北イタリアの貴族の血を引く青年の妻になったところから始まります。さほど愛しているともいえない男との結婚。生活の安定(社会的なステータスや職業上の便宜など)や子供の人生のために継続している不甲斐無い男との仮面夫婦生活。美貌と生活力とカリスマ性に溢れた妻に、ある日訪れる『人生初めての本当の恋』。そんな彼女を襲う不治の病の宣告。女としての自分を偽ってがむしゃらに働いてきたカルラは、人生で初めて、ひとりの女として正直に生きたいと願います。そして離婚と癌宣告を夫に打ち明けようとしますが・・・。そこで妻の前に顕れた、見栄えが良いだけの不甲斐無い夫の真実とは!?そしてカルラの下した決断は・・・・・・。
人生の最後の日々、人として、女として、私ならどう生きたいか?誰と過ごしたいか?誰に看取られたいか?などとしみじみ考えさせられる物語でした。
著者の親友であられた故米原万里氏の最後の日々の物語とあわせて、人生の秋を迎える女性には深く心に響くことでしょう。
6つの物語のなかで唯一の日本男子の物語『ウタマロ・ミラネーゼ』も秀逸です。こんなにヨーロッパ社会で女性にもてる日本男児なんて・・・と、正直に感銘を覚えると同時に、イタリア社会の深層部を知り尽くした筆者ならではのイタリア男に関する洞察に唸りました。イタリア男よりもイタリア女に愛されるミラノ在住日本男子。だがどんなにカサノヴァを気取っても、イタリア男には為りきれない限界を見抜く筆者の眼力は素晴らしいと思います。
総てのエピソードを網羅してネタばれしてはいけないので、他の物語については割愛します。
最後に、本業は通訳者の田丸氏ですが、執筆経験を重ねて、なんというか・・・書き手としてのスタンスが心地よく定まってきたように思います。読んでいて素直に楽しませてくれます。いつかオフレコのご自身の武勇伝を披露してくださることを期待します。