最も苦しい思いをした人間は、生きて帰って来なかった。
万一、帰ったとしても思い出したくない、もちろん人に語りたくもない。
シベリア抑留を語ること、後世に伝えることの困難はここにある。膨大な、「語られなかったこと」のなかに真実がある。そのことを私たちは想像しなければならない。
目の前で仲間が射殺され、骨と皮だけになって死んだ仲間の死骸を埋めた人々。
マイナス30度での重労働。少ない食料、麻酔のない手術、医療もないので病は死を意味する。
旧軍の序列を笠に着て部下から搾取する将校や軍曹。頻繁の拷問。繰り返される思想教育と日本人アクチブからの吊るし上げ。日本人同士の加熱する密告。
また次々と仲間が死ぬ、仲間の墓を掘る、仲間の衣服をはがし、自分の防寒にする。その修羅を生き延びた人々にかける言葉は見当たらない。
彼らは戦争で死線をさまよい、戦後はシベリアで地獄を見て、帰還後は日本政府に無視され、シベリア帰りはアカだとされ就職もままならず、再び仲間の弔いのために辛いシベリアを思い出して語り、補償を求めて政府と闘わなければならなかった。壮絶な人生を、政治と戦争に翻弄された悲劇と簡単に片付けてしまうことはできない。悲劇は敗戦時に日本軍がソビエト側に、労働力の提供を申し入れたことからはじまり、政府はそのことを未だに謝罪せず補償もされないままである。ソビエト側も明白な国際法違反で6万人が死んだことの責任をとってはいない。日本の知識人もシベリア抑留を語らずソ連を礼賛したものは少なくない。国家の残酷さに、誰も目をつぶってはいけないのだ。私たちは「ノルマ」という言葉をビジネスで軽々しく使う。そのロシア語がどれだけの犠牲を生んだのか知ったならば、その言葉を使うのをやめて、ただ冥福を祈るしかないだろう。本書は40代の著者がシベリアの悲劇を現時点で可能な限り簡易にまとめた、力作である。