80年代から翻訳が出ると言いつつ90年代を経て、21世紀になって出版された本書によって、ようやくドゥルーズの映画にたいする態度を知ることが出来るようになった。ドゥルーズの本書は、あらゆる映画評論で取り上げられてきており、原点よりも先に解説本が出ているほどだった。さらにあらゆる映画を論じる際に付きまとうものでもあった。高尚な映画における対談では必ず本書の概念が言われていたけれども、やはりそれは引用に過ぎず、本格的なドゥルーズ像を描けなかった。また、アルトーの映画論に関する言説もここに書かれてあることを知っていたが、それもいままで読めなかった。
このジレンマが解消されたと思ったが、またあらたな問題が浮上した。まずあいかわらずのドゥルーズの言葉の使い方が難解すぎるということ。また、これは、映画論という以前にベルクソン論が前提であること、などがあらたな問題だ。
けれども、これを読み解くことによって、80年、90年、そして21世紀の日本の映画評論がどのようなものであったかの指標になるかもしれない。