1.著者を突き動かしたもの
夢枕獏が、NHKの紀行番組「千のドームに光は満ちて(1997)」の取材でトルコの建築家ミマル・シナン(1488−1588)の軌跡をたどったときの感動がきっかけで、執筆を決意した力作。執筆3年(足掛け8年?)。筆者が使命感に突き動かされて執筆したことが静かに伝わってくる。トルコは東西文明の交差点でもあり、歴史、民族、文化、宗教が複雑に混ざり合う。さらにそれらが時代とともに変遷する、まさにカオスの縁。
個別の専門書は、ともすれば、この複雑な色合いをかもし出すタペストリーを要素還元的に切り取り、味気ないものにするが、筆者はこの混沌とした世界を、そのままの状態で凝縮した言葉で語ろうとしている。ある意味正解のない問題に対して正面から挑戦するいさぎよさを感じる。シナンの生き様が筆者にそうさせたのか。
知識・情報の観点では、この作品の生命感を損なわないぎりぎりの線までそぎ落とされている。言葉で説明し尽くせないかわりに、詩人を登場させて当時の様子を暗喩的に語らせるなどの工夫が凝らされている。蛇足だが、専門書的な情報をこの本に期待するのは筋違いではないか、と私は思う。
2.あらすじ
15−16世紀に活躍した、オスマントルコの建築家ミマル・シナンの物語。オスマン帝国の最盛期の物語が、建築家シナンの生涯を軸に、この時代を生きた様々な人物との交流を通して活き活きと描かれている。当時、その巨大さのゆえに、地上の奇跡とよばれていた聖ソフィアのドーム(537年完成、ドーム直径31m)。方形のベースの上に円形の巨大ドームをのせることは技術的に非常に難しく、その設計は実は建築家によるものではなく、2人の数学者のアンテミウス、イシドルスによるもの。当時の数学的知恵の集大成ともいえる。
それを超える建造物にシナンが挑戦する物語。先人の偉大さに圧倒されつつも、聖ソフィア越えをずっと追求し続け、シナン80歳にしてようやく建築に着手。イスタンブールの北西に位置するエディネルにセリミエ・ジャーミーが完成したのはシナンが87歳のとき(ジャーミーはモスクのこと)。1000年以上にわたり不可能と思われていたことが現実となった瞬間。50超えてから頑張りはじめる先人の凄まじいライフワーク。田坂広志さんの著書「自分であり続けるために/PHP研究所」の中に書かれていた「老化という迷信」というメッセージが頭の中をよぎる。そこでは、年をとると精神の若々しさが失われるというのは迷信で、むしろ長き歳月を歩み人生の苦難を乗り越えていくほどに精神は若く瑞々しくなっていくということが、チェロ奏者マイスキーの演奏を例に物語風に語られている。
3.余韻
読み始めると一気に物語のなかに引き込まれ、読んだあと、トルコにいって、巨大モスクの中にたたずんで、天上を見上げてみたいという衝動にかられる。筆者が次のようなフレーズで語る気配や音楽いったいどんな感じなんだろうか。
巨大ドームの中にたたずんだとき、
石で囲われた巨大空間に神が宿り、
この空間でまどろんでいるような気がする。
そのまどろむ気配のようなもの。
それが、耳には聴こえぬ音楽となって、上方からそそいでくる。
それは、耳を通さずに直接魂に注いでくる音楽。