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システムの社会理論―宮台真司初期思考集成
 
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システムの社会理論―宮台真司初期思考集成 [単行本]

宮台 真司 , 大河原 麻衣 , 山本 祥弘 , 稲葉 年計 , 堀内 進之介 , 現代位相研究所
5つ星のうち 4.0  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
価格: ¥ 3,465 通常配送無料 詳細
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商品の説明

内容紹介

『権力の予期理論』以前、宮台真司の初期論考を集成。システム論の思考とその展開。初期理論を新しく検討するインタビューとともに。

内容(「BOOK」データベースより)

気鋭の数理社会学者は何故フィールドワーカーへと転身を遂げたのか。単行本未収録の論文に詳細なインタヴューを付した類をみない画期的社会学研究。社会学者とは誰か“宮台真司”以前の「宮台真司」。“危険”な社会学者“宮台真司”はどのように誕生したか。社会学とは何をすることなのか。初期・宮台真司の思考に「現代位相研究所」の俊秀が迫る。

登録情報

  • 単行本: 434ページ
  • 出版社: 勁草書房 (2010/2/19)
  • ISBN-10: 4326602260
  • ISBN-13: 978-4326602261
  • 発売日: 2010/2/19
  • 商品パッケージの寸法: 21.2 x 15.8 x 2.8 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.0  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
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5つ星のうち 5.0 サブカルチャーのルーマン 2012/8/28
形式:単行本
本書のメインテーマは、ルーマンを「受苦」という体験形式に照らして解釈すること。ユニークだ。そしてその重要なサブテーマとして、システムの境界設定における「意味と出来事の差異」が論じられる。このサブテーマのほうは一見、理論内在の話だが、きっちり「受苦」というメインテーマに接合している。
 
システムの境界条件は構築主義のゲームから言えば「いくらでも何とでも言える」が妥当。けれども、我々のコミュニケーションは「実際には」そうでない。我々は現前の人を「殴ろうと思えば殴れる」と言いはするが「実際には」殴れない。反実仮想の、可能的な行為がいくらでも記述できるがそれは「反実仮想」や「可能的」という但書きを常に伴う。そのような但書きの随伴を以て、我々の社会は「事実的なもの=出来事」を陰に陽に記録する。

この「出来事」への着目を抜きに(反実仮想をも含めた)意味の遠近有縁だけでシステムの境界条件を論じることは、「意味の布置は可塑的だ」との命題を言うに等しい。「意味の布置は可塑的だ」の命題は、論理の完備性としても、批評の視座としても成功的だが、「理論」としては情報が過少だ。ところがルーマンはここに半歩以上踏み出している。これが本書サブテーマ上の大きな主張。

本書のユニークな点は、このサブテーマ上の指摘を、「受苦」という体験形式に接合して解釈することにある。主張されるのは広義の「意味」ではなく、「出来事に繋留される意味」に絞ってシステム同定を試みること。このことによって、我々は可塑的と思える「意味=社会」の中に「構造」を指摘できる。この「構造」に階層を持たせるとパーソンズ的背理に陥るが、それをしない限り「可塑の構造」を主題化出来る。そしてこの「可塑の構造」を、「別様であり得ることへの志向‐の構造」へ敷衍すると途端に「受苦」論となる。

つまり本来的、価値的なものへの志向(=可塑)の内にも「構造」が見出されるということ。輝かしい志向もまた、淡白な「構造」の内側であると気づいた時、我々は興醒め=受苦する。だがこの種の思考は「受苦」であると見えて、別の視点から「福音」をもたらす。これはつまり「どのみち何をしようとも、別様の可能性(当該構造の外部)から疎外される」ことへの気づきだ。この気づきは翻って「どのみち疎外なのだから好きなように生きる」という主意の称揚を導く。

この主意の称揚は、ルーマンに限らず、社会学知を享受する際の種差的快楽だ。自然科学の享受とも異なる独特の快楽である。本書は、社会学知がいかなる快楽の形式を保持してきたか(すべきか)について、ルーマンをその快楽の奥の院の1つとして取り扱う興味深い論考だ。学の営為を、学内在のコードに沿って検討するのではなく、その学の快楽形式に興味を置く「サブカル論法」で検討している様は、宮台氏の真骨頂である。

とはいえ、主意の称揚ゆえの内発性を率いて打ち込むべきことなど、それ自体ありそうもない。一時発奮するが、興醒めして移り気となるだけだ。移り気に伴う受苦の来訪もまた「構造」と言えよう。その受苦を紛らわすために、人は酒やタバコを呑む。或いはそれすら没入の意匠であって、昼寝をし、ぼうっとし、TV・ネットを流し見、ゲームをし、他愛もない話をし、単純作業に身を委ねる。この場面で人は「成長=可塑」しない。いわゆる「怠け」だ。もちろんこの場面でも、他者及び世界との相互微響によって、自我は動的体験を被るが、意味世界の明示的更新を企図する営みや、情報の結節点として自らの複合性を増大・蓄積してゆく営みとは、目的意識が異なる。

しかし本書ではこの種の「怠け」が、原理的には包摂されているが決して称揚されはしない。称揚されるのは、「どのみち疎外なのだから好きにやらせてもらうぜ」という発奮である。この当たりも宮台氏らしい。強すぎる可塑への欲望。宮台氏は記述水準では十分に「怠け」を包摂するが、パフォーマンスの水準で「怠け」をほぼ忌避している。その当たりの自己言及が欲しいところだった。

また、社会学の「種差的な快楽」の記述に関して本書は極めて説得的である一方、社会学が記述形式においても種差的かどうかは微妙なところだ。つまり本書における「社会システムと物理システムは区別される」という説明についてである。この部分は佐藤俊樹氏なども追認しているが、どうだろうか。

意味の有縁性の話から言えば、物理システムとてデュエム・クワインテーゼが示すように文脈補填は不可避であり、「物理システムと区別される」と言う場合の「社会システム」と同型だ。つまり厳密に区別できない。「分子」や「原子」その他素粒子について「それは何?」と“換言”を迫れば、そこで必ず他の素粒子との性質分岐と、構成素間システム、実験器具への言及まで召喚される。つまり要素とシステムへの同時言及は物理システムでも不可避だ。

一方、システム同定の要諦は広義の「意味」でなく「出来事に繋留された意味」であることが本書で幾度も確認されるが、この水準で見ると、物理システムの因果記述が「運動Aは、一意に次点運動の範囲を定める」と記述されるのと同様、社会システムの行為連関もまた「行為Aは、一意に次点行為の範囲を定める」と記述されるはずだ。宮台氏が強調するような「出来事に繋留された意味」に主眼を置けば、意味の可塑性の部分は後景化され、一意性が前景化するのである。逆に、広義の「意味」に主眼を移せば、物理システムとて可塑的な意味の系として見倣しうる。この部分に関して、宮台氏らはルーマンと同種のミスを犯しているように思える。いかがだろうか。
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By kogonil VINE™ メンバー
形式:単行本
時事的なトピックについて鮮やかに整理してみせて、読む者をして「なんだか理解できたような気」に
させてくれる宮台氏の初期の理論的論考がまとめられました。
各セクションの末尾に弟子筋にあたる研究者たちとの対談があって、本論でのトピックを(相変わらず)
わかりやすく整理してくれています。

すごく申し訳ないけれど、字数制限から、全般的な点については割愛して些細な点を2点だけ。

その1:ルーマン批判について

ルーマンの「システム」って概念の使い方が過度に曖昧なんだそうで。

これって、ハバーマスが指摘したいくつかの論点と並んで、ルーマンについてよく言われることですが。
私は、これって馬場『ルーマンの社会理論』第一章や、長岡『ルーマン/社会の理論の革命』第三章や
長岡『〜革命』の201頁の註(19)での引用(実際の引用は202頁)によって、サクッと封印できる批判
だと思うんだけど、駄目なのかしら?
だって初期の論考を出版するなら、その後に出ている上述の議論を参照して、追記とかしてもよかった
んじゃないのかなあ?
Krause“Luhmann-Lexikon”あたりから当たりをつけて包括的に検討しなきゃ駄目?

けっこう対応するのに大変な労力を要する批判かもしれませんね・・・

その2:参照文献について

“この点については○○参照” って註に飛ばしておいて、たどってみると該当の論文が「未発表」って
どういうこと?
それって実質的に本論の枢要な理路について、読者は検証できないってことじゃないですか?
せっかく過去の論考をまとめて、対談なんかも収録してるくらいなら、本論の理路に関わる未発表論文
を収録するか、せめて要旨くらいは註に追記するかしてもよかったのでは?
繰り返しますが、これでは本文の理路を読者は検証できません。
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