『絶望の中にも希望はある。』
映画だけで無く色んな所で良く使われる言葉である。
でも、この映画にはそんな湿気った砂糖菓子みたいな言葉は通用しない。
そして私はずっとこのような映画を待っていた。
理由は解らないが、文明が崩壊して十数年。分厚い雲の様な塵が空を覆い、寒冷化が進んだ為に殆どの動植物が死に絶え、生き残った僅かな人々のほとんどが理性を失い、人喰いとなった灰色の世界。冷たい雨に濡れて震えながらも、ただ「南に向かえばきっと暖かくて食料も有る筈」という希望的観測から、親子二人がホームレスの格好でショッピングカートを押しながらヒビの入った道路を、ひたすら南へ歩いて行く___
とあるシーンで絶体絶命となった親子。「息子が生きたまま残酷な目に会うよりも」と、額にピストルを突き付けてくる父に対して、息子はこう言う。
「あとでパパも一緒になれる?」
物語が進むにつれ、心の拠所であった亡き妻との思い出を封印し、息子に教え続けた『善き者』としての理性を失っていく父。その父に対して父に教えられた『善き者』の証拠である理性を説く息子。
この作品の灰色の世界には殆ど『絶望』しか残ってない。その日に会った小さな『希望』は直ぐに『絶望』に塗りつぶされる。でも、だからと言って理性を失う必要など何処にも無い。
『善き者』で有り続けたいと考え、行動する事自体がこの世界唯一の『希望』であると、ラストシーンで思い至った。