NINのエンジニア兼プロデューサーであるアラン・モウルダーのインタビューによると、今回のアルバムは、
「あらかじめリリースする日時が決めておき、なにがあろうとその日にリリースする」という制約を設けていたらしい。
たぶん2005年の"With Teeth"で自身の音楽性を再発見して以降、
トレントは自らをいろいろな状況下に置くことで、自分の作曲能力を再検証しているのだと思う。
ツアーの合間にラップトップで作曲された"Year Zero"。
テーマや主張を一切削ぎ落とした"Ghosts I-IV"など。
そしてNIN史上最も短い期間で制作された今作"The Slip"。
しかし制作期間が短いからといって手を抜いているとは個人的に感じなかった。
コンパクトにまとめられながらもアルバム全体の雰囲気はしっかり統一されており、
ミキシングについていえば、いつもながらアラン・モウルダー独特のセンスが冴え渡っている。(この人は歪みやノイズを扱うことに関しては天才だと思う。)
90年代の暗くねちっこい感じの音と比べると、こちらの音は暗いながらもどこか乾いた感触がある。個人的にこの音にはかなりはまった。
なんていうかこのアルバムは、今までのアルバムと比べると1番バンド感があると思う。
肉体的な躍動感というか、トレント本人のテンションの良さが曲に表れている印象を受ける。
たぶん今のトレントはプレッシャーなどなくてもこういう音楽が自然に流れてくるのだろう。
今作を聞くと、トレント本人が怒りやフラストレーションに支配されて音楽を作ることはもうないだろうと感じる。
前向きになったというよりは、感情をコントロールする術を学んだということだと思う。
今までが良かったとか悪かったとか、そういうことが言いたいのではない。
ただそれが人として成長していく上で、ごく自然なことだと思うのだ。
私個人の勝手な願望を言えば、人生の1つの側面ばかり追求して破滅するよりは、
彼にはそれを乗り越えてより広い視点で活躍して欲しいと思っている。
現に最近のインタビューでトレントはこう語っている。
「例えば、もし今の俺が”The Downward Spiral”を作ろうとしたなら、それは非常に不誠実な行為だろう」
結局トレント・レズナーという人は健康的であろうが病んでいようが、自分の心に正直な音楽しか作れない人なのだと思う。
個人的にそんな彼を心から尊敬している。