本作品の原題は、Nothing But the Truthです。Amazonによる本作品の内容紹介について、いくつか気づいた点があるので、述べたいと思います(注意:可能な限りネタバレは避けたつもりですが(そのために、他にも書きたいことがたくさんあったが書けなかった)、それでも、ストーリーの方向性が多少見えてしまうかも知れません。全くストーリーを知らない新鮮な状態で本作品を楽しみたい方は、作品鑑賞後に本レビューを読まれることを推奨します)。
まず、第一にこれはサスペンス・アクションではありません。法廷と拘置所が主な舞台の、実話をもとに作られた法廷もの(リーガル・サスペンス)です。したがって派手な銃撃戦や爆破シーンはありません。もちろん、派手なアクション・シーンも一切ありません。
そしてストーリー紹介に、「刑務所へ」という言葉がありますが、正しくは「拘置所へ」です。いかに検察と言えども、尋問を拒否されたくらいで国民を刑務所に入れることはできません(少なくともアメリカではそういう建前です)。被告が犯罪をし、なおかつ有罪であると認められるまでは刑務所に入れることはできません。
「執拗にパットンが守ろうとする国家秘密とは?」ともありますが、これも実際の作品内容と大きく異なります。特別検察官パットンの目的は、「国家秘密を守ること」ではありません。パットンの目的はもっと単純明快です。
新聞記者レイチェル(ケイト・ベッキンセール)は、ある人物がCIA工作員であることを記事にします。ところで、「ある人物がCIA工作員であること」は国家の極秘情報であり、そのような極秘情報を外部に漏洩することは国家への「反逆罪」になります。
ゆえに、「反逆罪を犯したのは誰かを突き止めなければならない」。これが検察官パットンの目的です(したがって、「執拗にパットンが守ろうとする国家秘密とは?」というフレーズは、本作品の内容とは大きくかけ離れたものになるわけです)。
なお、パットンが捜している「国家への反逆者」はレイチェルではありません。レイチェルは新聞記者なので情報を国民に知らせる権利があり、検察と言えどもこれを侵すことはできません。パットンの本来のターゲットは、極秘情報をレイチェルにリークした、(恐らくは)別のCIA関係者です。
また、パットンはレイチェルを「有罪」にすることもできません。なぜなら極秘情報を漏洩した「反逆者」はレイチェルではないからです。それに、新聞記者の権利(記事の情報源が誰かを外部に漏らさない権利)を守る法律も当然あります。レイチェルを「有罪」にできない以上、パットンは彼女を刑務所に入れることもできません。
そこでパットンは「法的な」あの手この手を使って、可能な限り長期間レイチェルを拘置所に留める戦法をとります。拘置所というのは、裁判の審理中に、まだ判決がおりていない被告が留め置かれる場所のことですね。刑務所ではありません。刑務所は裁判で有罪となった人が行く場所です(なお、この裁判というのが、そもそもレイチェルが有罪か否かを問うものではなく、極秘情報漏洩者が誰かを突き止めることを目的とした審理であり、その審理に参考人として召喚されたレイチェルは、情報漏洩者の名前を回答することを拒否したために法廷侮辱罪となり、情報漏洩者の名前を明かすまで拘置所へ留め置かれることになるわけです)。
拘置所に入れられている間は、当然、家族と過ごすことはできません(レイチェルには夫と子供がいます)。拘置所に長期間入れられることにより、レイチェルは「家族と暮らす」という、妻として母親としての、最も大切な人権を奪われることになるのです。
拘置所から解放される唯一の方法は極秘情報漏洩者の名を明かすこと、というのが検察官パットンがレイチェルに突きつける条件です。
果たしてレイチェルは最後まで耐えることができるのでしょうか。最後まで極秘情報漏洩者の名前を明かさずにいられるのでしょうか。
以上が本作品のストーリーです(以上からわかるように、大統領暗殺計画は、話の本筋とはほとんど関係がありません)。
映画の進行に伴い、時折、スクリーンに日付が表示されます。最初のうち、レイチェルが拘置所に入る前、それは”October 6th”のような、明確なカレンダーの日付です。それが、レイチェルが拘置所に入ってから”Day 1”のように、拘置所の入所日数に変わります。Day 1というのは拘置所に入った初日のことですね。OctoberもNovemberもない、Day X。それが、”Day 2”、”Day 15”・・・というように、だんだん数字が膨らんで行くわけです(数字がどこまで大きくなるかは、ネタバレになってしまうのでここでは伏せますが)。
今、このレビューを書いていて気付いたのですが、最後の日数が示されるシーン。このシーンが、監督が観客に伝えたかった全てを物語っていると思います。これは素晴らしい。この映画の中で、私はこのシーンが一番好きです。ベッキンセールの演技も、この映画の中ではこのシーンが最高に光っていると思います。
派手なアクションシーンなど全くない本作品の見どころは、例えば、拘置所でガラス越しに受話器を通して我が子と面会するベッキンセール。面会時間が切れ、突然受話器が無音状態になります。その時、ベッキンセールが笑顔でガラス越しに、両の手でハートマークを子供に作って見せるんですね。私はこれが非常に好きです。国家権力により家族と切り離されても、止まることのない母親の子供への愛情。そこを、実に細やかに、この映画監督は描いて見せます。そこが、この映画の見どころだと思います。
この映画は、実話をもとに作られています。ベトナム戦争でアメリカ軍が撤退を余儀なくされたのはベトナムに負けたからではなく、ベトナム戦争を報じたメディアにより喚起されたアメリカ本国での反戦世論によるものであることからもわかるように、アメリカのメディアは国民の世論を喚起することにより軍隊をも撤退させるほどの大きな力を持っています。だからこそアメリカでは、国家権力はメディアを非常に恐れ、実際にこのような「記者つぶし」のようなことも起きるわけです(最初のパットンの目的は、未知の「国家への反逆者」を捕まえることだったはずですが、それが次第にパットンのターゲットは、検察に刃向かうレイチェル自身に対する報復へと変わっていきます)。
記者が情報源を明かさなければならなくなったとしたら、アメリカ社会はどうなってしまうのか? それがこの映画のテーマです。
なお、本作品はアメリカでの上映公開が2008年12月19日です。本作品前後のベッキンセールの作品歴を述べますと、Underworld Evolution(2006)、Click(もしも昨日が選べたら)(2006)、Snow Angels(2007)、Vacancy(モーテル)(2007)、Winged Creatures(2008)、Nothing But the Truth(本作品)(2008)、Underworld Rise of Lycans(2009)、Whiteout(2009)となります。この作品歴を見て、あれ? と思います。というより、本作品Nothing But the Truthがなぜ日本で公開されないのか、2009年当時、私は不思議に思いました。他の日本での未公開作品と異なり、日本の観客が見ても十分興味深いリーガル・サスペンスであり、またベッキンセールの人気は当時うなぎのぼりだったことから、仮にこれが日本で上映公開されていれば、相当の観客数になったであろうと思われます。アメリカ公開日が2008/12/9ですから、日本での公開日は2009年1月〜2009年10月というところでしょうか。
結局、日本ではこの映画は上映されず、2012年4月3日のDVDリリースとなりました。
ところで2009年1月〜2009年10月。この頃の日本はどうだったかというと、2009年3月3日、小沢事務所の第一秘書である大久保隆規氏が唐突に、逮捕されます。当時民主党代表だった小沢氏は、同年5月11日に辞任を表明。当時は自民党政権でしたが、その後の衆院選(2009年8月30日)で、結局、鳩山代表の民主党に与党の座を奪われます。
なお、小沢元代表は、2012年1月30日現在、いまだ有罪となっておらず、また、当時検察がなぜ十分な証拠もないままに大久保秘書逮捕に踏み切ったのか、私の記憶の限りでは明確な説明はいまだになされていません。
ちなみに原題のNothing But the Truthは、アメリカの法廷ものではおなじみの、法廷で聖書に手を置いて宣誓するあれですね。
Do you swear that all the testimony you will give in this court will be the truth, the whole truth, and nothing but the truth, so help you God?
文芸作品、恋愛作品、歴史もの、アクション映画など、幅広いジャンルに出演しているベッキンセールですが、社会派リーガル・サスペンスは本作品のみ・・・だったと思います(ジャンル的にはブロークダウン・パレスが近いかも。でも、あちらは法律ではなく友情がテーマだったように思います)。鬼気迫る演技を見て、彼女の女優としての真価を改めて認識される人も多いと思います。もちろん、検察官パットン役のマット・ディロン(ふてぶてしく、そして愚鈍なまでに図々しく、検察官の「正義」をとことん追い求めます)、レイチェルを守る弁護士を演じるアラン・アルダ、また、レイチェルと同じく妻・母親でありながら彼女と敵対する立場になるCIA工作員役のベラ・ファーミガなど、他の役者の方々も素晴らしい仕事をされていると思います。
ベッキンセール作品の中でも、私が特に好きな映画の一つです。