既にいくつかのレビューが書かれているため、それらを踏まえつつ、自身の感想を述べたい。
まず、本書に好意的なレビューとして、ほぼすべてのレビューが、政治哲学としては異例の知的ブームとなった『これからの「正義」の話をしよう』や「ハーバード白熱教室」のマイケル・サンデルの思想をより深く理解するのに役立つ良質な解説書である点を高く評価している。
否定的なレビューとしては、
1)内容の繰り返しや誤植が所々ある点、
2)読後感として、サンデルの思想が実際に受け入れられるのものか、あるいはそれが我々の生活にどのように係わるかを明確に答えることができない点、
などが挙げられる。
私自身の意見としては、以下の通り。
「サンデルのこれまでの全著作を取り上げ、それぞれに学問的解説を加えることによって彼の思想の全体像を描きだす」という著者の目的は、成功していると思う。本書における内容の繰り返しは、サンデルの思想が一貫しているが故に生じるものだろう。また、サンデルの主張する「共通善に基づく正義」はいまだ発展途上の思想であるため、それに具体性が欠けるのは致し方ないことであろう。これらの点は、本書においても明確にされており、それゆえ、本書の評価を下げるほどのものではない。
本書の問題点は、副題にあるように「本来の正義とは何か?」という問題を公共的に喚起するには、あまりにサンデルの立場に寄り添いすぎている、という点にあると思う。
この点は、特に後期ロールズの「転向」(『正義論』から『政治的リベラリズム』へ)に関する記述に見受けられた。
というのは、本書は後期ロールズの「転向」がサンデルの批判によるものであるかのように説明しているからだ。
サンデルのロールズに対する「負荷なき自己」批判は、ロールズの論理においてはそれほど深刻なものではない。ロールズはもともとリベラルな社会が「負荷なき自己」からなると考えているわけではなく、サンデルの批判は正しくはない。それは、ただ原初状態の構成の仕方の不備を突くという点にのみ当てはまる。しかし、ロールズにおいて原初状態の論理は二義的な役割しかなく、「反照(内省)的均衡」がより大きな位置を占めている。
また、サンデルはノージックを援用しつつロールズを批判しているが、ノージックのロールズ批判の大半は失敗している。ノージックは、「ウィルト・チェンバレンの寓話」(サンデルは代わってマイケル・ジョーダンにしている)で格差原理を批判したが、格差原理は特定の分配状態を矯正したり、私人の取引に直接介入したりするものではない。ロールズにおいて、正義は個別のケースよりも「社会の基礎構造」に関わる事柄なのである。
ロールズの『正義論』批判に関しては、ハーサニ、アロー、センらによる批判がより重要と思われる。それにもかかわらず本書は、ロールズの『正義論』批判には様々あると述べるだけで、それを「ロールズ対サンデル」とういう図式に押し込み、サンデルの勝利を勝利を宣言するのである。
全体として、本書は、政治哲学に関心がある初学者にとって、読むに値する入門書の1冊である。しかし、入門書であろうとも、その内容を批判的に読むことは必要である。