『無縁からゆきさんの墓をはじめすべての墓が、サンダカン湾の方を向いて――つまり日本に背を向けて建っているのに気づき、その事実に、彼女たちの本心を聴いたように思ったからである。』
『彼女たちにとって日本とは、人生の基本となる幼少期をすごしたところとして心情的には懐かしいけれど、しかし本質的にはむしろ憎悪すべき対象だと言わなくてはならない。』
『木下クニは日本へ帰ろうとせず、生前にみずから作らせた墓石を日本と正反対の方角へ向けて建て、他のからゆきさんたちのそれもまた、同様の方角を向いて建てられることとなったのではなかったか。
わたしには、寄るべを持たぬ無数のからゆきさんたちの霊のために建てられた墓のサンダカン湾に臨み日本に背を向けている姿が、祖国日本にたいする彼女らの固い拒絶のように感じられた。』・・・
有名な個所ですが、山崎朋子氏が言うような、「からゆきさんたちが揃って日本を恨んで、日本に背を向けていた」という事実(根拠)はどこにも書かれていません。逆に、彼女たちは、日露戦争に際して献金したり、毎年、正月には皆で集まって皇居に向かって遥拝したりしています。 景色の良いサンダカン湾に向かって墓を建てるのは単にごく自然なことであったのではないでしょうか。
根拠もなく、「からゆきさん達は日本を憎悪していた」という勝手な解釈を付加するのは、からゆきさん達に対して失礼な話です。また、「日本は東南アジアを侵略した」との歴史観が所々に出てくるのも問題のあるところです。
そもそも、からゆきさんを階級闘争史観で捉えようとするところに少々無理があり、そのことは、この本の史料価値をかえって貶める結果となっています。
また、山崎氏がからゆきさんのアルバムから写真数葉とパスポートを盗み取ったのは研究者としてはやってはならないことです。
森崎和江氏の『からゆきさん』に比べると、上から目線になっているきらいがあり、からゆきさんを親身になって理解したというよりは、山崎朋子氏が自身のイデオロギー表明のためにからゆきさんを利用した形になっていて、これは残念なところです。
からゆきさんについて書かれた大事な史料の一つなのですが、上記の点は考慮して読む必要があります。