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何でそんなことになったのか、そうしてどうなるのか、興味いっぱいでひっぱられました。知ってたら知ってたで「そうするか!」という上手さがあると思います。残念ながら私のお知り合いはイスカリオテのユダくらいでしたが。なるほど子を見れば母が見えるものかもしれません。
表題のサロメは、淫婦か、あるいは無垢な印象で描かれることが多いように思います。この作品中のサロメははつらつと賢く、自ら考え自ら動き自らつかみます。大変素敵。距離もぐんと身近です。
サロメの乳母が語るのは「うちのお嬢さん」であって、聖書の中に出てくる淫靡な娘ではないのです。キリストの弟が見る兄は「どうにも困った人」だし、ダンテの妻の目の前には生活がぶら下がっている。
彼らは教科書の中にだけ存在する幻ではなく、この世界にあるどこかの場所、どこかの時代に、生まれて生活して悩んで喜んでそうやってただ生きていただけの人たちだったのかもしれません。
面白かったです。
誰が、キリストの生涯に突っ込みを入れるだろうか。
多くの歴史書で非難されまくっている皇帝ネロに裏話があるなんて。
貞女なんて、夫に対する恨みと愚痴の固まりである。
なんだか、週刊誌ふうの、裏話たち。
それでも読めてしまうのは、歴史上・物語上の主人公の最も近くにいた他人の、全く違った話だからだ。
「神の子」キリストが、肉親への愛情というものが全く欠けていた人物であったことが、最も心に残った。
完全無欠に語られるものがほとんどであるから、そうでない話があること自体、珍しい。
物語中のキリストは、どこかの某カルト教祖と共通して、我が儘で自分本位、ある種の感情が全く抜け落ちている。
そういった意味では、「神の子」であり、人間性がない。
この視点には、うなってしまう。
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