本書の趣旨を正確にいえば「サラリーマンはローンで自宅を買うな」でしょう。そして副題として「隠された銀行家の企み」とするのが分かりやすいと思います。
前半は、私が日頃感じていたことを代弁してくれているような内容でした。特に同意できるのは、第4章「自宅は機会損失をうむ」です。一度自宅を買ってしまうと引っ越すのが困難になり、変化への対応、チャンスへの対応が制約されます。ローン返済による自己投資資金の不足のために留学、MBA取得、キャリアアップのための転職も制限されます。特に地方に住んでいる人間が全国区になれる可能性を限りなくゼロにします。子供に長距離通学を強いることになるかもしれないし、進学先選択にまで影響を及ぼすかもしれません。今の仕事に不満があっても長期ローンがあるために転職できず、仕事のうえで保守的になり、面白い仕事をしようとか、チャレンジングな仕事をしようとか、そういうメンタルな姿勢が削がれてしまう可能性があります。もちろん親からの資産で借金をしなくても自宅が購入できる人は別です。そうでない人たちは、ローンの支払いのために自分や家族への自己投資が制限されてしまうのです。
第5章を中心に書かれているもう一つの重要なことは、今の環境には自分たちの親の世代の資産運用戦略が当てはまらなくなっているということです。ごく単純化して考えると、5000万円借金して3000万円の土地に2000万円の家を建てたとします。30年のローンを組んで銀行に支払う利子が1000万円と仮定して、合計6000万円返済しなければなりません。そして自宅取得後に必要な毎年の固定資産税は総額、最初の資産価値の10分の1ぐらいでしょうか。親の世代は3000万円の土地が30年で2倍の6000万円に値上がりしたので、固定資産税を500万円、銀行に1000万円余分に支払っても1500万円の利益があったのです。今は土地の値上がりはないどころか値下がりさえしますので、1000万円はローンを組んだ時点で既に完全な負債となります。銀行は債務者に債務分の生命保険を勧めるでしょう。債務者が死亡して返済できなければ生命保険が支払われ銀行のリスクは当初よりゼロです。つまりこれからの時代は、自宅購入者は投資対象に「負け」がほぼ確実の値上がり狙いの持分投資を行い、銀行は「勝ち」がほぼ確実の利子収入という収入利益狙いの貸し付け投資をしていることになります。
債務者が死亡するのはまだましな方で、生きてはいるものの病気でローンの支払いが滞れば、自宅は抵当でしょうから、自宅は銀行に没収されます。病気にさえもなれません。ここでも銀行のリスクはゼロです。そんなことは銀行や国は全て把握しています。自己責任でローンを組んだのだから病気のリスクは考慮済みだろうと、本人が気をつけていても一定の確率で発症してしまう病気のことなどは意図的に無視です。それをカバーしようと疾病保険に入るとさらに費用が増えます。国が住宅減税などを施行してサラリーマンに自宅を建てることを奨励しているのは、それによる税収減よりも、住宅建設販売会社からの法人税と、固定資産税・相続税が増加するからです。国は自宅を建てられるほど裕福な資産保有者を保全するつもりはありません。財産の再分配といえばそれまでですが・・
繰り返しになりますが、親の財産で自己投資のための資金も十分にあり、キャリアアップの際は自宅を半値以下で売却し引っ越しても余裕がある方は本書を読む必要はありません。そうでない方には情報を具体的に整理する意味でも本書はとても有用でしょう。
ただし、本書では金銭的な損得についてのみが考慮され、自宅が住居者に与える精神的なリターン(やすらぎ、満足感など)については何も考察されていないので、金銭的なことを度外視した場合(人生を豊にするのは金だけではありませんので)にはサラリーマンがローンで自宅を買ってはいけないという説得力に欠けます。