貧しいながらも仲むつまじい母子家庭。ボスニア紛争で夫を失ったエスマは娘サラのために昼夜を問わず働きづめ。しかし、父親がシャヒード(殉教者)であることを母から聞かされていたサラが、修学旅行費を免除にしてもらうための証明書を母に要求すると、母と娘の間に微妙な亀裂が生じていく。男友達から預かった拳銃をエスマにつきつけ驚愕の真実を母から聞き出したサラは激しく動揺するのだが・・・。
父親がシャヒードであることを誇りにする子供達、集会所で精神療養をうける戦争未亡人、墓地を掘り返して遺体を確認する遺族・・・。今尚、戦争の傷跡を深く残す人々がこの映画にはたくさん登場する。第二次大戦後、ヨーロッパにおける最悪の紛争と呼ばれたこの戦争のせいで、エスマとサラのような母娘がそこら中に生まれたことをまず観客は思い出さなくてはならない。
エスマが夜中働くストリップバーにおける享楽的な宴と、センターと呼ばれる集会所や子供たちが口ずさむ素朴な民謡が、サラエボの今昔を象徴的に描き出す。「民族浄化」のプロパガンダのもとに泥沼化した戦争は、今まさに人々に忘れ去られようしている過渡期にあることを映画は間接的に伝えているのだ。
戦争のトラウマを引きずりながら娘への深い愛情によって、かろうじて生きる希望をつないでいるエスマは痛々しく、子供を持つ母親ならば同情を禁じえないだろう。一時は親子断絶の危機を迎えた2人だが、娘が取り戻した笑顔によって母が心から救われていく様子を見ていると、遺恨を残した国同士でもいずれは友好関係になれるかもしれないという希望さえ生まれてくるのである。