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海軍航空隊をこよなく愛し、海軍搭乗員たちからも「ピンさん、ピンさん」と親しまれていた吉田一カメラマン。彼のフィリピン、スラバヤ、ラバウルなど、長い南方戦線での報道班員生活を振り返り、戦後に手記として纏められた、貴重な記録です。
前半は、報道班員として戦地へ旅立つ場面から、台湾~ホロ島、バリ島、チモール島クーパンと南方へ進出する日本軍ともに行動し、爆撃行などにも同乗している。行く先々での出来事などが、戦後に書いたものとは思えない詳細さで書き綴られている。メモや日記は東京空襲で紛失したそうです。
彼の歯に衣着せぬ文章には、その豪放磊落な性格がよく出ていて、なんとも親近感あふれるものでした。そして報道班員と言えども死を覚悟し、仕事に望んでいたという事も知った。無論、覚悟が無ければ、防御の脆弱な爆撃機に同乗するなど無理な話であろうが、爆撃機搭乗員に劣らぬ覚悟で同乗していたとは、恥ずかしながら考えていなかった。報道班員が、そこまで危険を冒す理由が理解できなかったからです。それだけ国民に伝える重要性を感じていらっしゃったという事でしょうね。
さて後半は、ラバウルへと舞台が移ります。
敵のガタルカナル上陸の報に接し、台南空が攻撃に向かう。この日の戦いで、坂井三郎飛曹長が負傷してしまうわけですが、帰って来ない坂井機を心配して、彼もラバウル基地で待っていたのだそうだ。坂井飛曹長を零戦10機や20機にも代えられぬエースだと評していました。
さて、このあとも彼の従軍生活はまだまだ続きます。一度内地に帰還し、誰もがうらやむ安全圏への転勤を社から言い渡されますが、これを強硬に拒み、なんとまたしてもガダルカナル攻防の激しい戦いの渦中へ戻ってくるのです。海軍航空隊に惚れ込み、共に戦った吉田一さんは、まさに「サムライ零戦記者」の名に相応しい真のサムライでした・・・。
彼の愛した海軍航空隊の人々への愛情あふれる感動の一冊です。吉田さんと同じように台南航空隊、いやラバウル航空隊を愛する方には是非読んで欲しい。
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