サッカー日本代表チームが海外に遠征して試合をする。親善試合もあるが、大半の試合は「ぜったいに負けられない戦い」である。遠征先は必ずしも環境がいいところとはかぎらない。むしろ、厳しい環境のなかで行われる試合のほうがはるかに多い。
条件が厳しくても、選手たちはコンディションを整えて試合に臨み、90分かそれ以上の試合で最高のパフォーマンスを発揮しなくてはならない。われわれはテレビに映る試合中継だけを見て「もっと走れ!」「もっと身体を張れ!」とか「応援」しているだけだが、もっと走るために、もっとがんばるためにどれだけ多くの人たちが選手を支えているかについて、これまであまり目を向けてこなかったのではないか。
そんなスタッフの一人である専属シェフ、西芳照氏が、海外遠征帯同の7年間をつづった本である。
選手たちがたくさん食べて、たくさん走れるようにと、西氏はメニューを組む。
それは決して豪華な食材を使ったグルメな食事ではない。選手たちが求めるのは、ふだん日本で食べ慣れている食事だ。W杯南アフリカ大会については、日々のメニューが紹介されているが、それを見れば焼き魚、親子煮、肉じゃが、生姜焼きなど、家庭で出てくるふつうの料理だということに少し驚く。
だが、食材がそろわない海外で、日本で食べるのと変わらない(もしかするとそれ以上においしい)家庭料理を出すことがどれだけたいへんか。しかも調理するのは言葉が通じない外国人シェフたちが働く厨房である。家庭で奥さんや親御さんたちが愛情をこめて料理をするのと同じくらい、深い愛情をこめて西氏は選手たちのために料理する。その奮闘ぶりを見ていると、選手たちが試合を終わって「西さんのおかげで勝てました」というお礼を言うのがよくわかる。
料理の話も興味深いが、それ以上に選手やスタッフと西氏との交流のシーンがすばらしい。
南アフリカ大会デンマーク戦後に西氏の手を握り締めてただただ涙を流した阿部選手。
「勝利のうどんをください!」と西氏がライブクッキングでつくるうどんを試合前に食べて、カタールのアジアカップで大活躍した長友選手。
「西さんも大事なチームの一員だから」と24番のゼッケンをつけたシェフコートをつくってくれたサッカー協会の湯川氏。
どのエピソードにも泣ける。
日本代表だけでなく、日本のサッカーの発展を支えているのは、現場で献身的に、そして一流の腕前を持って働く西氏のような職人的スタッフたちなのだ。
裏の帯で紹介されている中村俊輔選手の言葉にあるとおり「西さんのような重要な仕事をしている人のことを、多くの人に知ってほしい」