主人公のまりえが車椅子に乗っているくるみに出会ったのは、
「総合の時間」だった。
まりえの父・ヨサクがくるみに出会ったのは、
大学時代のサークルを通してだった。
日本で障害者と非障害者が出会うきっかけは、
昔に比べてだいぶ多くなってきたかもしれない。
でも、出会っても、その先が続くことは
まだそれほど多くないのではないか。
まりえとくるみの出会いは、一過性のものに終わらなかった。
それは、まりえの父であるヨサクとくるみのつながりが、
一過性のものではなかったからである。
ヨサクと亡くなってしまったまりえの母・はるえ、くるみが
介助する・されるを超えた心のつながりを持っていたからではないか。
まりえにとってのくるみは、車いすのお姉さんに留まらず、
父・ヨサクが長い間黙して語らなかった
若い頃の母・はるえを知っている人物でもある。
それがまた、まりえとくるみの関係を、
障害のない人とある人ではくくれない関係にする
エッセンスとして働いている。
くるみもまた、従来のがんばる健気な障害者でくくれない、
人間的な存在として描かれている。
同じ物を毎回のように忘れもすれば、ヘルパーと口げんかもする。
気が合わないヘルパーの日はいやだなと思ったりもする。
障害当事者の視点で描かれる自叙伝とはまたちがった、
子供の目線から見たひとりの大人としての障害者の姿が描かれている。
著者は、また、歌が好きな人のようである。
J-POPの歌詞が8曲も挿入されていて、
各章のタイトルも歌のタイトルなのである。
残念ながら、私はどの曲も知らないほどのJ-POP音痴なのだけど、
歌詞を読んでメロディーが浮かんでくるほどの人なら、
さらにこの作品を味わえるのではないかと思う。