講演会にさきがけて、先生の本を読んでおこうと購入した一冊。
村上先生のルーツが少しだけわかったような気がした。
読み始めてすぐ、京大学長であった平沢興先生の前文に接する。
まず、平沢先生はご自身が信仰されていたのは浄土真宗であったにもかかわらず、異なる天理教のことについて触れておられる。
違和感を感じつつ、後ろを開いてみると過去に天理教から出版されていた本であった。
あまり偏った考え方はどうなのだろう、と思いつつ読み始める。
村上先生はやはり天理教の信者をご両親に持ち、ご自身も天理教を信仰されている。
しかし、読み進むにつれ先生の生き物に対する温かなまなざしは、信仰あってこそのものなのだと気づかされる。
世界的な科学者であるにもかかわらず、精神面に歩み寄って発言を続けておられる村上先生とは、こういう背景を持った方だったのだ。
サムシング・グレート。
生物には本当に緻密な遺伝子が仕組まれている。
その遺伝子を書いたのは誰か。
あたかもこの地球を支配出来るかのように振る舞う人間。
しかし、少なくともこの遺伝子の元を書いたのは人間ではない。
神でも仏でも良いが、人間以外の何か偉大なものが人間を生かしている。
宗教を背景に持ちながら、それをまったくお見せにならない村上先生を尊敬する。