悲惨な家庭環境(あくまで作者の視点からの記述ですが)、すべてが退屈、「誰もわたしを救ってはくれない」というような思春期特有の感情を書いている。今(21歳)の自分が読むと共感よりも、何年か前の自分を見てるみたいで痛々しい気持ちの方が強い。「全部私のせいなの?」という問いは、底に「私は悪くない」って感情が必ずあるから。「私は不幸です」と言うことは、「私は幸福です」と言うよりもずるい。
でもあとがきを読んで納得した。「当時の自分さえも目を背けた部分をえぐりださなければ「あなた」は納得しないだろう。〜私は自分をかわいそうな被害者だとは思わない。自分をかわいそうな被害者だと思いたがった「アタシ」をかわいそうだと思う。」要するに作者は、現在は既に様々な葛藤を乗り越え、そのうえで、あえて古傷を晒しているということ。この小説はあくまで思春期の感情の記憶であって「答え」はここにはまだない(少女が自分の存在を確認して世界と向き合ったところでこの小説は終わる)。どうしようもなく燻ってた思春期に読めばあるいは「救われた」のかもしれない。