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2002年現在のテレビをはじめとするマスコミ全体を包んでいる胡散臭い空気には確かに吐き気を覚えているし、世の風潮が同調と反発の真っ二つに分かれていることにも危惧を感じている。世論が顕著に二極化することは必ずしも良いことではないが、翼賛的一元化が最も危険なことは言うに及ばない事実だ。
文字メディアの中で「禁忌」に果敢に挑戦している筆者に敬意を表するとともに、気に入らないことには恐れずキッパリ反発の意を表することが僕たち読者に出来る身近な「禁忌」への挑戦だと知った。
身も蓋もないことを言えば本書は憲法第九条を基軸とした反戦論風エッセイ
である。現実を見ずに思考停止して呪文のごとく九条の文言を唱え続けた
かつての「左翼」と称された連中とほぼ同じ轍をなぞりつつも、軍事的要請
に抗い日米安全保障条約を締結させた吉田茂と同じように九条を逆手に取った
戦略的な反戦論を試みようともしている。「ようとしている」と書いたのは、
それが反戦「論」というにはいささか隙のありすぎる散漫なものだからである。
たとえば、9・11のテロやイラク戦争におけるアメリカからの軍事的要請の
流れの中で憲法を変えるのは結局は同じ憲法の強要ではないか、と妥当にも
述べながら、一方では、「人を殺しては何故いけないのか」を莫迦正直に
考えなくてもいいのと同じように、大事なのは難解な理由はともかく「戦争
に加担するのは間違っている」「戦争は嫌だ」と発言することだ、とも述べ
ている。議論として評価するならこれは確かに無防備すぎる。しかし、混迷
した現実を真っ当な方向にもっていくための方便だと思えば、さして間違った
手段ではないように私は感じる。
大塚は言う、9・11のテロの際に貿易センタービルが突撃した二機のボーイング
と共に崩れ落ちていったあの光景を「ハリウッド映画のようだ」と感じた人々、
あるいは湾岸戦争の際にCNNを通じて流れてきたパトリオット・ミサイルの爆撃
映像を「テレビゲームのようだ」と感じた人々は、そこで映画やゲームに八つ
当たりする前に、何故それが映画やゲームのようだと感じてしまったのかと深く
考え込むべきだったのだ、と。全くその通りである。我々の理性は、こうした
素朴な感性によって強く影響されている。そして今や、その感性をかたちづくる
のは、マンガやアニメ、映画やゲームといったサブカルチャーなのである。
また、著者は最近、護憲を目的とする「九条の会」に加入した模様です。新聞で読みました。
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