ジョゼフ・サージェントの「サブウェイ・パニック」は、アメリカ映画が本当に面白かった(と個人的に思っている)70年代アクション映画群の中でも屈指の快作だ。だから、正直、オリジナルとの比較は極力すまいと思っていたのだ。
とは言え、NYの地下鉄がジャックされ、交通局の役人が交渉役として、武装グループと丁丁発止のやりとりをするとのコンセプトは、やっぱり特異なシチュエーションで、意識するなと言うのが無理なお話。
冒頭、いきなり、ぶれながらめまぐるしく変わるショットの洪水。良く言えばスタイリッシュ、悪く言えば落ち着きなく安っぽい映像表現。いかにも、トニー・スコットらしいデジタル的な感覚に、まず以て、アナログ的なオリジナル作との差異を感じる。以下、ジョン・トラボルタの犯人像やデンゼル・ワシントンの汚点などの新機軸で、人間ドラマに深みを持たせようとしているのだが、これがどうにもウマく機能していない。
トラボルタは過分にナルシスチックだし、手下たちはまるで魅力なし。ジャックされた車内の乗客の描写や狙撃手たちとの攻防も類型的、いかにもありきたりのハリウッド映画の域を出ていないのだ。
品行方正で誠実そのもののデンゼルだけに、収賄の容疑を掛けられたその過去が同情を買うようになっているのも、パンチ不足。余談だが、オリジナルのウォルター・マッソーなら、ちゃっかり袖の下を貰う程度のふてぶてしさはあったぞ。
それと、妙に家族の絆や愛を押し出すのも勘弁して欲しい。