前に読んだ本を読み返すのが好きだ。この本(原著2006年刊)も出たとき読んだ。その時の印象はあまりぱっとしなかった。娘時代の母親が、軍の医師のところへつれて行かれるところがどぎつく記憶に残っているだけだった。けれども、今回読み返してみて、前は一体何を読んでいたのだろうと思った。とくに最後の五十ページが面白かった。
母親は、やむにやまれぬ気持ちからイランの故郷マーズレーへ旅立つ。娘のサラは、もう二度と母親は戻ってこないかもしれない、という思いに取り付かれる。英国人の父も同じことを感じて故郷ロビン・フッズベイに引きこもってしまう。娘は、母のあとを追ってマーズレーへの旅を敢行するが、母親のかっての恋人アリとサラとの会話がすごくいい。サラは問いかける「外の世界を、ロンドンを見たいとは思わないのか」と。アリは「君のお母さんも同じことを僕にきいたんだ」と答える。サラは「それで何て答えたんですか」と聞く。「あなたは世間しらずのお嬢さんで僕の人生や選択肢について何もわかっちゃいないって答えた」とアリは語る。そのあとちょと時間をおいてアリはサラに逆に問いかける。「君にとってイランとは何なんだ」と。シリアスな雰囲気は、アリがゴセマールバードのお話を(そう、実にいつでもイランは物語りに溢れている)始めることで和んでゆく。
「訳者あとがき」で、クラウザが小説を書くのにハニフ・クレイシの励ましがあったのだと、紹介されている。同じ移民第二世代の二人だがクラウザは父が英国人、逆にクレイシは母が英国人だ。何か同じ問題意識を彼らは抱えているように思う。しかし、クレイシにある強さがクラウザには感じられない。逆に、クラウザには類を見ない繊細さがある。クラウザの他の英語の本を探してみたが、『サフラン・キッチン』一冊しか出ていないようだ。この繊細極まりない魂は、今何をしているのだろうか。