私は最初、題名の「サバイビング・ピカソ」っていうのは、surviving が Picasso を修飾している自動詞の現在分詞で「生き残るピカソ」というような意味かと思っていたが、鑑賞してみて初めて Picasso が 他動詞surviving の目的語になっていて「ピカソに耐えて生き残る」という意味だということに気付いた。確かに、和訳し難い原題である。いっその事「フランソワーズ〜ピカソを捨てた女」とでもしてくれればストレートで分かり易かった。
エンド・クレジットではピカソ役のアンソニー・ホプキンスが最初に来ているが、物語上の主役はフランソワーズで、ずっと彼女の視点から描かれる。ピカソの生涯もフランソワーズとの出会いから別れまでを扱っていて、それ以外は必要最小限の回想シーンだけである。
ピカソの女性関係が非常に込み入っているので、ある程度背景知識を入れておかないと訳が分からない。逆に、あらかじめピカソの生涯、(女性を描いた)作品、彼と家族を撮影した写真などに親しんできた人にとっては、ビックリするほど実物そっくりに映像を作っているので感心することと思う。晩年の子供、クロードとパロマまでソックリである。後半登場するマチスもいい。
前半、ホプキンスの内省的でやや暗い表情は、陽気で情熱的なピカソを演ずるにはやはり無理であったか、との印象が強かったが、特に後半、頭が禿げ上がってからは、表情も体型も動きも完全にピカソになりきっていて一瞬、本物かと見まごう程の名演であった。
ただ、この名演を味わうにせよ、ストーリーや配役の妙を味わうにせよ、ピカソの生涯や主要作品を知らないでは土台無理な相談なので、鑑賞者を選ぶマニアックな作品と言えよう。
私は、先日、NHKの『日曜美術館』でちょうどフランソワーズ・ジローさんへのインタビューが放送されていたのを視聴していたので好都合であった。今(2010年)も御存命で創作活動を継続されているそうです。