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このエッセイではたびたび作者が実母と一緒に旅に出る様子が描かれています。喧嘩友達でもあるこの母娘の珍道中はなかなか笑わせてくれます。しかし、その実母が91歳になり、8年の入院生活にあけくれて今は子供の顔も「ぬぐったようにわすれ」てしまった姿が近況として伝えられる場面が突然登場します。この瞬間、それまでの愉快痛快エピソードを読んで和んでいた心に一気に冷や水を浴びせられるかのような思いがしました。
そして著者自身も既に鬼籍に入って久しくなりました。
そうしたことを思うにつけ、こんな疑問が頭を!もたげてきます。
人はなぜ旅に出るのか。
誰にでも平等にやってくる死の前で、人間の旅の思い出はどういう意味を持つのでしょうか。
このエッセイに取り上げられている旅はいわゆる観光旅行ばかりではありません。終戦直後の買い出しという旅や、人生の旅立ちとしての結婚式などの挿話も登場します。つまり人生のあらゆる局面が起伏にとんだ旅の連続として捉えられているのです。
人生は旅であり、そして自分の人生は誰のものでもなく私自身の旅だ。誰かが書いたガイドブックをなぞりながら名所旧跡をたどるだけのような旅ではなく、誰のものでもない私自身の旅をするべき。そこには珍道中や失敗が溢れていて振り返ると赤面することばかりかもしれないけれど、間違いなくかけがえのない自分だけ!の旅とはそういうものなのだ。
そんなことをこのエッセイは教えてくれているような気がするのです。
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