ご家族や職場の方が「アスペルガー症候群」と診断を受けたのをきっかけに
参考図書を探した、という方が、最初に手にとる本がこれであって欲しくない、と、
一当事者として切に願っています。
「病気」だという表現は「本人の気の持ちようの問題ではない」という意味とは
拝察しますが、「病気」という表現は、「投薬やリハビリなどで根本的な解決を図れる」
という誤解を招く危険が非常に高いと思います。
五感や思考の感覚の相違は、定型発達者(発達障害ではない人)と同じにはなりません。
当事者は、二次障害(こちらは「病気」)を治療しつつ、定型発達者がどんな感覚の元で
生きているのかを学び、それに自分が合わせる術を学んでいくのです。
例えるならば、足を失って身体障害者となった方に、二度と足がはえてくることはないけれど、
義足や車椅子などを使って、二本の足で歩ける人々とできるだけ同じように生きられるように
訓練していくように。
(オキシトシンというホルモンについて「治療の鍵」として多くのページを割いていますが、
まだ仮説なのですから、ページ数を控えてコラム程度にすべきではないでしょうか。
少なくともここに一人、出産と2年余りにわたる完全母乳育児で少なからぬオキシトシンが
分泌されたであろうにも関わらず、産後にアスペルガー症候群の診断を受けた女が、実在します)
また、タイトルに反して、周囲の方の当事者に対する「接し方」は、ほとんど
助言がないと思います。むしろ、当事者への生活改善案は、少なくないですが。
「接し方」が少ないのに加えて、当事者が何をどんな風に困っているのかが、
ほとんど伝わらないかと思います。いくつかの項目は挙げてはありますが、
具体例はほとんどなく、当事者が「具体的にはどんな時に」「どれほど苦しんでいるか」は、
少なくとも私にとっては、この本の記述で、私が実際体験してきた苦しみを
読者に理解していただけるとは、とても思えません。
発達障害者に対して「精神障害者保健福祉手帳」の取得を何の疑問も呈せずに
勧めているのも、納得がいきません。
発達障害と精神障害は、発症の由来も具体的な症状も、全く別個のものです。
日常生活や就労にあたっての苦労も、一部重なる面があることは事実ですが、
根本的な差異は小さくないと思います。
発達障害そのものへの手帳制度が現状では整備されていないことを指摘した上で、
暫定的に精神での手帳取得を勧める、というのが、本筋ではないでしょうか。
何より−書籍のシリーズ名のようですから、やむを得ないとは思いますが−
「ササッとわかる」というタイトルそのものが、当事者からすれば怒りを覚えます。
私事ですが、診断を受けたときには、平均寿命の約半分の人生が過ぎ去っていました。
30年以上の時間を、(当時の自分にとっては)理由のわからない罵倒の中で生きてきて、
今、それまで自分が信じていた価値観を全て疑ってかかりながら新しい価値観を学んでいる
その苦しみを「ササッと」わかられては、たまったものではありません。
巻末には、「発達障害者の相談センター」として、無料で相談できる各都道府県の
「発達障害者支援センター」や、多数の民間団体には一切言及せずに、著者が顧問を務める
有料の相談施設だけを掲載していますし…。
失礼ながら、脳科学やデイケアといった、著者の専門分野での実績を披露する本であって、
当事者の心に寄り添う本ではない、と、読後に感じました。
『
大人のアスペルガー症候群 (こころライブラリー イラスト版)』
(梅永 雄二 (監修), 佐々木 正美 (監修) 講談社)
よりもこの本のほうがいい、とされるレビュアーさんもいらっしゃいますが、
私は、この本よりも『
大人のアスペルガー症候群 (こころライブラリー イラスト版)』を推薦します。
具体例が多く、手帳の不備にも言及があり、より当事者の立場を慮ってくれているように感じます。
また、『
大人の発達障害―アスペルガー症候群、AD/HD、自閉症が楽になる本』
(備瀬 哲弘 マキノ出版)は、さまざまな具体例を挙げて、当事者の問題のみならず
家族や職場の上司・同僚の困惑も数多く例示してあり、双方にとって勉強になりますし、
「『理解してあげる』のではなく『理解し合う』ことで社会全体がより良くなることを目指す」
という臨床医ならではの温かい視点が、読んでいてとても嬉しいものでした。