ケージが云うにはその音に耳を傾ける者がいれば、どんな音も音楽であるという。例えば今近所の家の犬が吠えています。犬は吠えてるという事に気づいてはいたんですが、PCに夢中になっており、意識下、耳を傾聴させるという事態にはいたらなかったわけで、だんだんPCから意識が離れていくにつれて、しだいに犬の鳴き声に耳が傾斜していったわけですが・・・。この一連の事態が、ケージ的には「音」から「音楽」ということなんでしょうか?この場合、音を発してる対象の主体性は不問に付されてるわけです・・・。この「4分33秒」的な枠組みはいまもあらゆるところで機能しているんだと思います・・・・・意識的に無意識的にも・・・。