単純に行ってしまえば、現代人はしばしば、機械によってエンパワーメントされている。生物学的には男女の力の違いはあるのかもしれないけれども、自動車の運転ということになると、何のちがいがあるのだろうか、とか。そうした機械化された存在であるということが、ジェンダーを突破する可能性を持つ。そうした視点からのフェミニズム、というふうに、ぼくはとらえている。
こうしたことを、もっと緻密に語るということに、本書の役割がある。
けれども、10年以上もたっているのに、すっかりサイボーグになってしまっているのに、ジェンダーの問題がなお大きく横たわっているっていうのは、どうなのだろう、と思う。そうなると、本書の存在意義は少しも失われていないことになる。
もっとも、次はクラウドとモバイルのフェミニズムかも。