巧い、実に巧い。
鑑賞中、そんな思いを抱きながら、暫しの間陶酔感に酔っていた。
ロマン・ポランスキーの純粋サスペンス・スリラーって、「フランティック」以来15年ぶりか。あの映画も、中盤までは何とも言えぬ緊迫感と閉塞感で息苦しくなるような心理サスペンスで見応え十分であったが、今作の方が、最後の最後まで胸の鼓動と心拍感が上がり続ける部分で、出来栄えは一枚上手だ。
この映画の魅力とは何か、それは、陰謀渦巻く状況下にありながら、それが一向に見えてこない不気味さ。見えない、しかし確実に迫ってくる巨大な敵の得体の知れなさから湧き上がってくる不安感と恐怖、であろう。
前英国首相お抱えのスピーチ・ライターにして初の自叙伝のゴースト・ライターが事故死し、選考のうえ、後継のゴーストとして主人公が指名される。
彼は深い意味を考えず、エージェントの望むまま多額の報酬からゴーストライターとして契約し、前首相が滞在する真冬のアメリカ東海岸の孤島にまで連れてこられる。
要塞の如き厳重で広大な屋敷に連れ込まれ、前任者が残した膨大な原稿を読み続ける主人公。
昼から夜へ、そしてまた昼へ、時間は経過しているにも拘わらず、一向に変わらない風景。前日と相違なく吹き荒れる落ち葉の山を淡々と掃除するベトナム系使用人。まるで、デジャヴのように、この世から隔絶されたかのような感覚。どんよりとした鉛色の曇天が不安感を増幅させる。
ここまでが言わば物語の導入部に当たるのだが、“まだ何も起こっていない”のに、例えば、主人公が島にやってきてからの時間の流れひとつを取っても、実にスリリングでゾクゾクするのだ。
以下、主人公が執筆校正の為、取材を続けるうちに、前任者の記録と前首相の発言に食い違いを見つけ、更に、その死に疑念を感じ始める事から、物語は徐々に深々と走り始めるのだが、サスペンスゆえ、ここから先は、是非、御自身の眼で、主人公と共に、“真実”を追って頂きたいと思う。
個人的には、真の意味での謎と裏切り者が分かるラストにさほど衝撃は感じないが、その後の顛末はシニカルにして冷徹。正に、古今東西、巨悪の陰謀映画の幕切れとしての鮮やかさと不気味さを見た。
とにかく、冒頭で海岸沿いに変死体が上がる以外、ラストまで殺人は起こらないし、煽情的なアクション・シーンもないのに、このサスペンスフルでスリリングな展開は凄いぞ。
ヒッチコック・タッチとのフレーズが随所に思い浮かぶが、それだけには留まらないポランスキーらしい不安と孤独に怖れ慄く人間心理を感じさせる傑作。
最近、大人の良質なサスペンス・スリラーがないとお嘆きの方々に、自信を以てお薦めしたい。