ゴリラーマンは宇宙人かもしれません。顔も人間離れしています。
このマンガをヤンキー漫画だと思っている人も多いと思います。それ故に敬遠している人もいるのではないでしょうか。私は、ゴリラーマンに映画の「E.T.」や「シザーハンズ」と同じテイストを感じます。「異形」との交流の物語とでも言うのでしょうか。
ゴリラーマンの語彙は「E.T.」よりも少ない。彼は最後の1ページまでひとことも喋らないのです。各ストーリーの最後、ということではありません。最後の巻の最後のページでようやくひとことだけしゃべるだけなのです。
また、彼はある「悲しさ」を背負っています。実はその「悲しさ」の理由は最後まで明確にはなりません。ただ、それはゴリラーマンの「強さ」から来るのではないかと思われます。彼はとても強いのです。その強さが他人を傷つけてしまう。そんな「悲しさ」のような気がします。その強さを普段は封印しています。仲間たち、あるいは一般的にこの年頃の高校生男子が「いかに俺は強いか」「いかに、俺は他人より優れているか」を常に競っているのと対照的です。物語の後半は、その強さの封印を解かざるをえない状況にゴリラーマンが追い詰められていく話です。
いくつかの伏線は完全に回収されなかったりします。女の子もいわゆる「萌え」な絵にはなっていません。今の作者ならもっとかわいく描くと思われます。
しかし、今の作者にはもうゴリラーマンは描けないような気がします。作者の思いを未整理のまま才能だけで描いたのがゴリラーマンのような気がするのです。その結果が、奇跡的に中身の濃い、かつとても繊細な物語になっています。
私が一番好きなのは7巻の77話「クギを打て」です。マンガ喫茶でもいいので、是非一度確認してみてください。777で覚えやすいです(笑)。
ゴリラーマンが周りの人から誤解されているように、このマンガ自体が正当な評価をされていない気がします。食わず嫌いで読んでいない人は、とてももったいないマンガだと思います。