たまたまこの夏、NHKの「あの人に会いたい」という短い番組で、堀田善衛の肉声を聞く機会があったのですが、1998年に80歳で亡くなったはずですから、本来は高校生のころにあんなにいろんな講演会や座談会や討論会を聞きに回った私が、彼の声を知らないはずがないのですが、まったく記憶にありません。
気になるいま現在生きて活動する作家や思想家には、なるべく会って話を聞いておくこと。遠く離れたところからでもいいけれど、出来れば面と向かって質問なり質疑応答をして、彼や彼女の肉声から発せられた言葉をその内実に取り込んでより鮮明なものにすること。そうすれば、自分の頓珍漢な頭にも、少しは偉大な思慮の万分の一でも沁み通るかもしれない。
そんなことを勝手に思い込むようになったのは、父の高校生のときの友人の話を聞いてからです。
その人は、学業全般は成績も悪く頭のよくない劣等生という感じだったそうですが、何故か、こと数学となると現代数学の最新理論とかも独学で勉強していて、よく授業中などは先生を煙に巻いていたそうです。
ただ、どちらかというと厭世的で父などはいつ自殺するかわからないといって心配していたそうですが、あるとき思い立って、当時まだご存命だった数学者の岡潔に会いにいって話をしようということを提案したそうです。
このままでは落第もしかねなく、一生在野で趣味の数学をこねくり回すには惜しい人物とでも思ったのでしょう。その頃、数学だけではなく仏教にも造詣が深い現代の知性といわれる岡潔に会うことで、何らかの影響を受け身の回りの変化があるかも知れないと考えたのは確かなようです。
驚くことに、なんとその友人は岡潔の専門の多変数解析函数論や彼の考案した不定域イデアルも知っていて、父の策略などそっちのけで、一も二もなく喜んで会いに行ったそうです。
その結果は、見事に当たりました。ほとんどオール1の成績では大学進学もままならないことを知り、一年に満たない猛勉強の末に京大理学部に進学し数学者の道を歩んだそうです。
ほら、書物だけで著者に接しているのと違って、会うと何かが変わってくるでしょう。・・・少し短絡的ですが。
それはともかく、堀田善衛が1977年に書いたこの本は、単にゴヤだけでなく、ゴヤを通してスペインいやヨーロッパ全体を、キリスト教文化の奥底までを透徹した眼で凝視して描いた問題作です。
確かに信じられるのは、塩野七生のややプラグマティックな(本質的なものは違いますが、そういう傾向に喧伝されすぎているきらいがあります)視点と異なる、もっとより根源的な歴史を見据えた成熟した眼差しです。
この本を読み返すことで、私たちは未だ解決できないでいる、人間の関係性それに個人のこころの問題の糸口をつかめるかもしれません。
いやいや、そんなふうな参考書めいた読み方じゃなく、心底ゴヤという画家の、情熱的なドラマティックな人生を垣間見ることに熱中することだけで、喜びを感じる本かもしれません。
それからくれぐれも念のため、うちの妹のように、パッと見てホッタヨシエという名のお料理研究家が出した、「ゴーヤ」に関するお料理ブックと間違わないように、お願いしま〜す。
記述日 : 2010年12月21日 13:45:11