ゴッドファーザーの1作目と2作目で印象的だったのは、アル・パチーノ演ずるマイケルの「眼光の鋭さ」だった。父ヴィトーの重厚感、長男ソニーの血の気の多さ、次男フレドの弱々しさと対比して、三男マイケルのカリスマ性が輝きを放っていた。
しかしこの3作目では、家族の愛、真の幸福を求めて葛藤し、もがき苦しむマイケルが描かれている。「眼光の鋭さ」はアンディ・ガルシア演ずるヴィンセントが譲り受け、猫背になったマイケルは、ダイアン・キートンが演ずる妻ケイと並ぶと、背丈の低さが際立ってしまっている。
この3作目は「ゴッドファーザー最終章」というよりも、「マイケル・コルレオーネの晩年」といった内容である。前2作と比較すると、確かに登場人物のスケールが小さいかもしれない。
しかし…アル・パチーノは凄い。マイケルの晩年の悲劇を見事に演じ切っている。糖尿病に冒され、過去に犯した罪を懺悔して泣き崩れるシーンからは、前2作では決して描かれることのなかったマイケルの「弱さ」がどっとあふれ出ている。
そしてクライマックス、最愛の娘が銃弾に倒れるシーン…魂が抜け落ちるほどに泣き叫ぶマイケルの姿には、何度観ても絶句してしまう。このシーンはほとんどサイレントになっていて、それがまたアル・パチーノの演技力を引き立てている。
最晩年の、一人孤独に死を遂げるシーンに続き、マイケルが幸せに満ちた笑顔を浮かべていたダンスシーンの回想(娘&最初の妻&ケイ)が連なり、物語は静かに幕を閉じる。このゴッドファーザー3部作のフィナーレには、後にも先にも類を見ない、映画史上最も熟成された「深み」があると思う。