■NHKの「緊急地震速報」のチャイムは誰もが耳にしたはずだ。あの3秒間の音響設計をしたのは福祉工学の専門家・伊福部達(いふくべとおる)東京大学教授。その3秒間には、教授の叔父に当たる音楽家・伊福部昭の「シンフォニア・タプカーラ」第3楽章の冒頭部分が秘められていた。本書はその緊急地震速報の成立過程に迫ったもので、知的興奮と刺激に満ち満ちている。
■NHKが伊福部教授に依頼したきっかけは、1983年製作の番組「ユーカラ 沈黙の80年〜樺太アイヌろう管秘話」で芽生えた交流にあった。同番組は百年も前の蝋管に録音された樺太アイヌの人達の歌や語りを復活させる、壮大なプロジェクトを描いたもので、この話だけでも涙が溢れてくるようなドラマチックなものだ。どうも伊福部教授の周辺には、キラキラと美しいドラマが随所にあるのだが、それは彼が幅広い発想の持ち主だからだと思う。この点、狭い日本音楽アカデミズム業界を超越していた叔父・昭と通じるものがあると思われる。
■本書は、人工内耳開発など伊福部教授の福祉工学の研究内容と業績の紹介、叔父・伊福部昭の孤高の足跡、人の聴覚の成立過程、心地よい和音と恐怖を感じる和音の構造分析などを展開し、緊急地震速報の完成までが描かれる。ここには「ハヤブサ」プロジェクトにも劣らぬ感動が確かにある。全編ノンストップのスリル。面白さは保証します。