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しかし、残念なことに、ろくに(古典)アラビア語の知識がないにも関わらず、その勢いある日本語文体を敬遠して「聖典たるもの荘重たるべし」との判断からか、井筒版を避ける専門家や読書人が多い。これは、コーランどころかイスラームを「西欧的あるいは日本的」な意味での宗教に押し込めようとする態度でしかない。結局はアラビア語原文のよさにおいてしか正しくコーランを「体験」できないとすれば、あとはその紹介者がどれほどコーランとイスラームを理解しているか、そしてそれを正しく表現できるかにかかっている。その点で井筒を超える専門家がいたかどうか。専門筋に聞いてみたいものである。そして井筒版に問題があるならば、井筒ほどに釈義書も読み込み日本語力を身につけてから、どうどうとその問題点を指摘し、井筒版ではなくて別の版を取るという姿勢とってほしいものである。井筒とて、最初の出版をその後の研究を経て書き直しているのであり(現出版は「改版・改訳」と位置づけられる)、決して雑な仕事をしていたわけではないのだ。コーランから何かを語ろうとするなら、その位の労力を惜しむべきではない。井筒版を使え、というのではない。井筒版を使わない理由をおざなりに口にするべきではないということである。
評者は別に井筒の仕事を無謬と言っているのでもない。ただ、もし私が若いころ井筒版でなく、別のコーラン解釈を読んでいたなら、今のようにイスラームに魅了されることはなかっただろうと断言できる。
イスラムの聖典とされる『コーラン』の日本語口語訳がこの本です。訳者が最初に「現代日本語の口語の制限内では原文のもつ比類のない荘重さが殆んど全て消えてしまう」と書いているように、少しラフな文体となっていますが、元々『コーラン』はアラビア語で読むことを正当としていて、各国語訳は注釈として扱われるそうです。そういう意味では読み易く、また注釈も豊富で解り易いこの口語訳は成功といえるのではないでしょうか。
イスラムは、アダム・ノア・アブラハム・モーセ・イエスなどの預言者たちが説いた教えを、最後の預言者であるムハンマドが完成させたという主張をもつので、『コーラン』の内容には『旧約聖書』『新約聖書』の内容を踏まえている箇所が多く、その意味では先に『聖書』の内容をおさらいしておくと理解し易くなっています。
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