キーワードとしては,“コスト”,“(コンピュータに接する時間とその他の時間,コンピュータに割かれる予算とその他の予算の)トレードオフ”,“身体”,“EQ”,“7つの知能”,“芸術教育”,“企業の進入”,“インターネットにおける情報の海”といったところか。
著者の二名は,教育ジャーナリストであり,その視点の広さはさすがだと思った。とりわけ,コンピュータ教育のランニングコストについて指摘した第2章や,企業側の思惑について指摘した第8章などは,学者肌の教育心理学者は見落とすところであろう。
また,データに関する指摘に偏りを感じるものの(「コンピュータの良い効果を示した実証的研究はない」などと言い切っている),その推奨者たちの主張をほぼちゃんと踏まえておる点は(的確に反論しているかどうかは別として),好感がもてると同時に,説得的であった。
確かに,コンピュータを子どもに使わせることは,それにどっぷり浸かっている人が想像するほど簡単ではない。ワープロは人間の認識を助けるというのだが,子どもは,ワープロで文字を打つということだけで精一杯である。そもそも大学生でも,ワープロの力を巧みに利用して,推敲を繰り返した文章を書く者はいないではないか。そしてどれほどのお金が必要か,お金が途切れたときコンピュータはいかに急速に錆びていくか,恵まれた環境におる者は気づけないだろう。