19世紀末のコロンビア。若き娘フェルミーナ・ダーサは青年フロレンティーノ・アリーサの求愛を受ける。しかし彼女は医師フベナル・ウルビーノと結婚。フロレンティーノは51年9ヶ月と4日もの間、フェルミーナを待ち続けることになる…。
半世紀以上も一人の女性を思い続ける男の物語ですが、20世紀ないし21世紀の恋愛小説に引き比べると、この小説は1985年に書かれたにも関わらず実に古風で、激しい熱情といったものは主人公たちの間には立ち現れてこないように見えます。彼らの会話も直接話法で書かれることはまれで、切り結ぶような激しい言葉のやりとりはなく、淡々とした事実の描写が続きます。
この500頁を超える長年月の物語で、私が最も印象的に思ったのは、長きに渡って一人の女性を思い続けたフロレンティーノの恋情よりも、確かに共に日々を積み重ねてきたフェルミーナとフベナルの曲折を経た夫婦愛です。
フロレンティーノの思いに心が重ならないわけでは決してありません。フィッツジェラルドの「ギャッツビー」のような物語に魅かれる気持ちが私にもあります。
しかし、フェルミーナとフベナルの夫婦の間に起こる小さな出来事の数々は、他の誰でもない二人が共同で紡いだ記憶のかけらとして確実に残っていきます。
妻の誕生日に一日家事を引き受けたものの、失敗続きの夫。
喧嘩の末の家出後、夫が迎えに来てくれて嬉しさのあまり神に感謝する妻。
「毎日ちょっとした誤解があったり、一瞬相手に憎しみを感じたり、お互いに不潔だと思ったりしたが、二人でそうした局面を乗り切り、ときには夫婦の秘めやかな営みの中で信じたがたい栄光の瞬間を手に入れたこともあった。あの頃、彼らは急ぐこともなければ、度を過ごすこともなく深く愛し合っていた」(326頁)。
こう綴られる二人の物語は、長い歳月こそが成しえる、じっくりと熟成した愛として、私の胸に深く沈みました。