本書は「被差別の食卓」(新潮選書)の著者である上原善広が韓国の「被差別部落民」にあたる「白丁」の今を訪ねて韓国を巡ったルポルタージュです。しかし、その旅は韓国の人々の有形無形の抵抗に会い難航を極めます。著者はそれを、自分に都合の悪いことは隠したがる国民の気質よるのではないかと分析しますが、僕にはそれが朝鮮戦争時の「離散と流入」によって「白丁」が実体を失うのにプラスに働き、日本の「水平社」にあたる「衡平社」の消失にもつながっているのではないかと思います(その是非は一旦置いとくとしてですが)。「今は誰かわからなくなったから、わからないと(白丁を)差別できない状況」(p160)を残してはいてもです。その意味においては、解放令が出されると、それまで独占的に扱っていた皮革や食肉の仕事(によってその地区内は、外から思われているよりずっと豊かだった)に資本が入り、既得権を失った人たちが資本に酷使されるようになって、「解放」どころか、以前にも増して自由を失った構造の類似性(戦時中の体制への協力も含めて)とは裏腹に、日本の被差別部落民と「白丁」を取り巻く状況は、第二次大戦あたりから合わせ鏡のようになっているのではないかと思いました。