ニュースキャスターや、評論家の言う、「コドモの個性を伸ばそう」「多彩な能力を生かそう」などと、聞こえの良いお題目。もっともらしく、一見、反論の余地がなさそうにみえます。
しかし、現実はどうでしょう。多くの大人達が求めるのは、社会にとって使える人材としての個性ではないでしょうか。
明るさ、協調性などに富むコドモの個性は歓迎されますが、不登校やニートの若者の個性は、そうではありません。
それどころか、「負け組み」の烙印を押され、自暴自棄になるコドモが続出。これでは、多様性の尊重とはいえません。
小学校時代は学校に殆ど登校しないで、家に閉じこもり。中学校から登校を始め、現在東大の大学院博士課程在学中の著者は、こうした一見正しげな言葉を疑っています。
そして、自らの体験に耳を澄まし、生きる苦痛とそれを生み出す社会の問題を自分の言葉で語っています。不登校を克服し社会に適用した人の記憶伝ではありません。
「適応」することが苦手なコドモ達と、別の生き方を共に歩もうとする現状報告書です。
「これこそが、キレイごとだ」と揶揄されそうですが、無責任な評論家やキャスター達よりは、マシかと。