内容(「BOOK」データベースより)
東京・恵比寿、予約の取れない日本料理店「賛否両論」の笠原将弘さんが教えてくれました。誰にでも簡単に作ることのできる「おつまみ」のコツ、名づけて「コツまみ」。料理レシピやお酒の飲み方など、コツの数がなんと181。多くのグルメを惹きつけてやまない、名料理人ならではの技がギュッと詰まった酒の肴集。どなたさまも、おためしください。今夜の、ハイボールが、ぐんとすすみます。
著者について
●内容紹介
東京・恵比寿、予約の取れない日本料理店「賛否両論」の笠原将弘さんが教えてくれました。
誰にでも簡単に作ることのできる「おつまみ」のコツ、名づけて「コツまみ」。
料理レシピやお酒の飲み方など、コツの数がなんと181。
多くのグルメを惹きつけてやまない、名料理人ならではの技がギュッと詰まった酒の肴集。
どなたさまも、おためしください。今夜のハイボールが、ぐんとすすみます。
*「コツまみ」は、書籍だけでなく、PCサイト、携帯サイト、ツィッターなど
あらゆる電子メディアと連動しているレシピです。
●目次
賛否両論あるでしょうが、がっつり肉コツまみ(20レシピ)
これは驚き、海の幸の恵みいっぱいコツまみ(20レシピ)
ヘルシーだけど旨みもたっぷり、野菜系コツまみ(30レシピ)
卵、豆腐…手軽な素材で楽々コツまみ(20レシピ)
超簡単 クイックレシピ ベスト70
笠原将弘のコツまみの"コツ"20箇条
酒造りのプロに訊きました。コツまみに絶品!!家で気軽にハイボールを作るコツ
・ハイボールはなぜ料理に合うの?
・笠原将弘さんと行く、大人の工場見学
●まえがき より
もっと和食を身近に感じてほしい。もっと和食を楽しんでほしい。
そんな想いを込めて2004年、東京・恵比寿に開いた賛否両論。
以来、おかげさまで多くのお客様に支えられて、今日に至ります。
私は、あらゆる料理の中で和食が最強だと思っています。
皿の中に景色を描き、季節感を盛り込み、形式美を重んじながら
食べる方のことを最優先で考えた盛り付けや手間の数々。
和食よりも、むしろ洋食の方が身近になりつつある現代。
家庭でもより気軽に和食を楽しんでいただきために今回のレシピブックを作らせていただきました。
おつまみのコツ、で題して"コツまみ"。
私の約20年にわたる和食経験のエッセンスを1冊に閉じ込めました。
とても簡単な「おつまみ」ばかりなので、ぜひ、お試しください。
東京・恵比寿、予約の取れない日本料理店「賛否両論」の笠原将弘さんが教えてくれました。
誰にでも簡単に作ることのできる「おつまみ」のコツ、名づけて「コツまみ」。
料理レシピやお酒の飲み方など、コツの数がなんと181。
多くのグルメを惹きつけてやまない、名料理人ならではの技がギュッと詰まった酒の肴集。
どなたさまも、おためしください。今夜のハイボールが、ぐんとすすみます。
*「コツまみ」は、書籍だけでなく、PCサイト、携帯サイト、ツィッターなど
あらゆる電子メディアと連動しているレシピです。
●目次
賛否両論あるでしょうが、がっつり肉コツまみ(20レシピ)
これは驚き、海の幸の恵みいっぱいコツまみ(20レシピ)
ヘルシーだけど旨みもたっぷり、野菜系コツまみ(30レシピ)
卵、豆腐…手軽な素材で楽々コツまみ(20レシピ)
超簡単 クイックレシピ ベスト70
笠原将弘のコツまみの"コツ"20箇条
酒造りのプロに訊きました。コツまみに絶品!!家で気軽にハイボールを作るコツ
・ハイボールはなぜ料理に合うの?
・笠原将弘さんと行く、大人の工場見学
●まえがき より
もっと和食を身近に感じてほしい。もっと和食を楽しんでほしい。
そんな想いを込めて2004年、東京・恵比寿に開いた賛否両論。
以来、おかげさまで多くのお客様に支えられて、今日に至ります。
私は、あらゆる料理の中で和食が最強だと思っています。
皿の中に景色を描き、季節感を盛り込み、形式美を重んじながら
食べる方のことを最優先で考えた盛り付けや手間の数々。
和食よりも、むしろ洋食の方が身近になりつつある現代。
家庭でもより気軽に和食を楽しんでいただきために今回のレシピブックを作らせていただきました。
おつまみのコツ、で題して"コツまみ"。
私の約20年にわたる和食経験のエッセンスを1冊に閉じ込めました。
とても簡単な「おつまみ」ばかりなので、ぜひ、お試しください。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
笠原 将弘
日本料理「賛否両論」店主。1972年9月3日東京・武蔵小山に生まれる。高校卒業後、株式会社東京吉兆に入社し、新宿の日本料理「正月屋 吉兆」で9年間修業、二番手まで任されたが、2000年、父の死に伴い「とり将」を継ぐ。その後、2004年日本料理「賛否両論」を恵比寿にオープン。すぐに予約を取るのが難しい店となる。2005年からは新しい料理のあり方を求めて「タツヤ・カワゴエ」川越達也氏、「オステリア・ルッカ」桝谷周一郎氏、「なすび亭」吉岡英尋氏との4名で、“シェフズ・コラボレーション「CESSA」(セッサ)”を結成。2010年からはバージョンアップし、8名となり、「セッサタクマ」となった。ジャンルを超えた新たな料理の創作や、食を通じた社会貢献などさまざまな活動に挑む、日本料理界で注目の料理人のひとり。また、2009年には、韓国・ソウルで日本料理「TOKYOSAIKABO」をプロデュースするなど幅広い活躍を見せる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
日本料理「賛否両論」店主。1972年9月3日東京・武蔵小山に生まれる。高校卒業後、株式会社東京吉兆に入社し、新宿の日本料理「正月屋 吉兆」で9年間修業、二番手まで任されたが、2000年、父の死に伴い「とり将」を継ぐ。その後、2004年日本料理「賛否両論」を恵比寿にオープン。すぐに予約を取るのが難しい店となる。2005年からは新しい料理のあり方を求めて「タツヤ・カワゴエ」川越達也氏、「オステリア・ルッカ」桝谷周一郎氏、「なすび亭」吉岡英尋氏との4名で、“シェフズ・コラボレーション「CESSA」(セッサ)”を結成。2010年からはバージョンアップし、8名となり、「セッサタクマ」となった。ジャンルを超えた新たな料理の創作や、食を通じた社会貢献などさまざまな活動に挑む、日本料理界で注目の料理人のひとり。また、2009年には、韓国・ソウルで日本料理「TOKYOSAIKABO」をプロデュースするなど幅広い活躍を見せる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)