本書は、P&Gのイノベーション戦略・実践を事例として前面に押し出しつつ、体系的なイノベーションの方法論について解説しています。
イノベーション関連の書籍は、方法論メインのものと事例メインのものに大きく分かれているように思えます。方法論メインのものは体系的ではあるのですが、実践でどのように適用すればよいかがわかりにくく、事例メインのものは実践でのヒントは多いのですが、それらをどのように効果的に組み合わせればよいかがわかりにくくなっています。
本書は、方法論メインと事例メインの書籍の良いとこどりをしていますので、体系的にも実践的にも活用しやすいものとなっています。
また、企業経営とイノベーションを整合させていますので、企業経営という観点からもイノベーションという観点からも、確かな知識・視点を与えてくれます。
そうなっている大きな理由は、P.F.ドラッカーの『イノベーションと起業家精神』をベースとしているからだと推察します(実際に引用が数多くなされています)。ドラッカーは、企業の第一の目的は『顧客の創造』であると述べ、重要な企業活動は『マーケティング』『イノベーション』『生産性』だと述べています(『現代の経営』より)。本書で提示している方法論もP&Gの事例も、まさにこの原則を忠実に踏襲しています。また、イノベーションは人のつながりから生まれるという重要な知見も、人を中心に経営を考えたドラッカーならではのものでしょう。
改めてドラッカーの凄さを認識させられると共に、それを忠実に実践してイノベーション・成長を続けているP&Gの凄さも認識させられます。
更に、インターネットの活用、オープンイノベーションの推進など、ドラッカーをベースとしつつも最新のテクノロジーやイノベーション手法を取り入れた事例を紹介しています。まさに『イノベーションと起業家精神』の現代実践版だといえます。
これだけ有益な本書ではありますが、活用される際には幾つか留意点がありそうです。
まず、事例がP&G、GEなど世界を舞台に活躍している一流企業であるということです。イノベーションを経営の中核に据えてからの成長物語は確かに素晴らしいのですが、それ以前からも顧客志向であったこと、世界中から優秀な人材を採用し、育成&選抜を経てリーダーや専門家になった人々が数多く集まっていること、イノベーションに膨大な投資が可能であること、といったこれらの企業ならではのアドバンテージがあります。ですので、この域に達していない企業が本書の通りのことを行ったとして同じようなイノベーションを生み出すことのできる保証はありません。イノベーションの前に適切なマネジメントが求められるようにも思えます。
次に、方法論も事例も、実施して失敗したこと、実施しておけばもっと上手くいきそうだったこと、については記述されていません。また、イノベーション企業に生まれ変わる過程で生じた重要な摩擦・抵抗やその対処方法についても記述されていません。
方法論はどれだけ素晴らしくても方法論ですので、全ての企業に同じように適用できるわけではありません。またP&Gも独自の環境・強み・課題のうえで本書で記述されたような対応をしています。
本書の知見を更に有効に活用するために、このような切り口での情報提供があれば更に有益なものになったのでは、と思います。
このあたりを留意しながら活用されるとよろしいのではないでしょうか。