本書は、ブリテン諸島内のケルト諸国に見られる「ケルト文化」を日本語で紹介した本です。そのような本はもうすでにごまん(大げさ?)と出版されているでしょう。しかし群を抜いてこの本が優れている点は、第一に、現地で日常生活を営む人々、あるいは様々な分野で活躍する(した)人々の視点に基づいて書かれていること。第二に、ケルト諸国からは遠く離れた日本人の、しかも様々な知識背景を持つ読者を念頭に置き、専門性を失うことなく平易な日本語で説明されていること。第三に、筆者が旅し見聞した音楽なり催しものなりへのアクセスの方法を分かり易く提示してくれていること。この3点だと思います。
私の気に入っている段落を紹介します。ウェールズにはウェールズ語で書かれた詩をハープに合わせて歌うケルズ・ダント(Cerdd Dant)という伝統があります。ハープは歌い手の旋律と全く異なるものを奏で、全体がまるで協奏曲のように聞こえる音楽形式です。これについて著者は次のように述べています―
「ハープが奏でる曲に関して、ふたつの特徴がある。ひとつ、曲は伝承曲でも新たに作曲された曲でもよいが、詩の本質を音で表さねばならない。ふたつ、ハープは詩のメロディの対旋律を奏でなければならない。―ケルズ・ダントは主旋律と伴奏からなる音楽ではなく、主旋律と対旋律が創る音楽なのだ。従って歌とハープが別箇の曲を同時に奏でるため、どこかアンバランスで、浮遊感があるように聴こえてくる。だが注意深く聴けば、それが絶妙なバランスで互いに響きあっていることがわかるはずだ。…」(p.107)
この箇所の後できちんとお勧めのケルズ・ダントの入ったCDが掲載されています。実際に聴いてみると、筆者の言う「音による詩の本質の表現」と「主旋律と対旋律が創る音楽」という描写がきわめてしっくりいくことが分かります。私自身、現地ウェールズの方とこのケルズダントなるものの真似事をしたことがありますが、相方の奏で方、詩を歌う私との対し方が、まさに本書の説明にある通りなのです。
著者のHPによれば専門はウェールズのようですが、スコットランド、アイルランド、さらにマン島まで、同じタッチで、同じ専門性をもって書かれています。
この本は、英国、アイルランドへ旅する人々にとって、必携の書となると思います。また、この本を読み、これからケルト諸国の文化に関心を持つ人々がどんどん増えていくことと思います。