いや、これが、なんとも壮大で。
最初の方の、気前のいい紳士が、家と仕事をポンと与えてくれるのに
「はぁ?」と思うんだけど、下巻の最初の方に、「あれは・・・もしかして」と思う。
内容は、あらためて考えると昼メロみたいで、ご都合主義も否めないんだけど
読んでるときは、そんな事微塵も感じさせない。
加椰の行く末や、遠松少年のそれから、
気になって仕方ない。
だから、加椰の章が終わって、遠松の章になるとがっかりするし
なのに、遠松の章を少し読み進めるとハマってしまい、加椰の章に入るとがっかりする
これの繰り返し。
ことに遠松少年の、父とのロードは面白くて
大阪のキャバレーのホステス、岡山のブルジョ未亡人、門司の仕立て屋の女と
女を渡り歩くけど、それぞれの女が、「実に女」で、さすがのひと言。
遠松の父が、ケッヘルの番号に、すべての謎を解明する鍵があるって
旅に使う列車や、バスの番号に、いちいち意味づけするんだけど
中山さんが、もともとクラッシクや、モーツァルトが好きじゃなかったとしたら
ものすごい勉強量だなって感心します。
あー小説、読んだー!!ってカンジ。