この本は、ジョン・メイナード・ケインズという一般的には経済学者と呼ばれている人物を、ケインズが生きた時代と共に多面的に描いた伝記です。なぜ一般的にはと書いたかというと、経済学者としてのケインズはほんの一面に過ぎないからです。
副題にあるように、時代がケインズの根本思想に与えた哲学的影響と周囲の知的状況や(倫理、知識)、政治に対する姿勢と優秀な官僚としての側面(政治、戦争と平和)、経済学者としてどのように現実と対峙したのか(貨幣、労働、金)、イギリスが最大の影響力を行使していた時代の文化人として(芸術)といった構成です。
付録としてケインズと歴史上の出来事を対比させた年表と、同時代人から見たケインズの実像が人物別にが載っています。
最後に「ケインズの何が残るのか」と題した章から印象的だった文章を。
・ケインズは、便宜主義とは政治において最大の美徳であるという見解をバークから借用した。社会と同じく経済は、全知全能の権力によって一度かぎり定められたルールによって束縛されてはならないのである。
・ケインズが残したものは、社会についての総体的な理解であり、社会が経済・政治・倫理・知識・芸術とどのように接合しているかについての総体的な理解である。
・「上流階級は賭運がよかったために財を成したのだ」と人々が信じているならば、資本主義はその正当性を失ってしまう、とケインズは断言した(投機の危険性についての文脈で)。
・決定論的と見なされている世界のために考案された数学的な技術を、社会科学に適用することには限界があるということである(情報の不完全性)。
本書はケインズの総合的伝記として読むことは出来ますが最初にケインズを知るには長いので、まずケインズを知りたいのであれば、吉川洋さんの『ケインズ』(ちくま新書)をお薦めします。