メタルファンにして人類学者のサム・ダン監督が、サンパウロ、東京、ムンバイ(インド)、北京、ジャカルタ、エルサレム、ドバイ(アラブ首長国連邦)と文字通り世界中を飛び回った、メタル・ドキュメンタリー第二弾。
Sepulturaのインドネシア公演で、騒がしい観客を棒で打ち叩く警備兵。
「ここに来られたことを光栄に思う。起こったことは残念だ」という、マックス・カヴァレラのMCが切なすぎる……。
そして、メタルTシャツや長髪でいることが逮捕の対象になってしまう中東の国々。
しかし、いくら外見を取り締まっても、人が心に思うことは止められない。
ただメタル・ファンでいることが非常に難しく、場合によっては命がけの国がある。
それらの国や地域のメタル・ファンの置かれた状況は、深刻で切実。
単に怒りや憂さを晴らすだけの音楽ではなく「生き方そのもの」であり「意思表示」の手段でもある。
そんな中、比較的表現の自由が許されている日本。それらの国々の中で、なんだか能天気な日本のファン。言葉も直に通じるだけあってなんか恥ずかしいものがある。
というか、音楽とは本来楽しむもので、あくまでエンターテイメント。だからこれでいいのだ。日本は。
イスラム圏の地域でメタルが聴かれているというのは少々意外だったが、政治的・宗教的に抑圧されている彼らがメタルに手を伸ばすようになったのは遅かれ早かれ必然だったのだろう。そして、一度知ってしまったらもう戻れない。
私がそうだったように。
地球全土を覆いつくし、各国の文化と共存しながら発展を続けるメタル。
言語も宗教も人種も政治的背景も違う我々が、一つのバンド、一つの曲を通じて感じる一体感。連帯感。
メタル・ファンでよかったと心の底から誇りに思える映画だった。