1〜6章までは、藤井さん御本人の半世紀。大学から、当時は全く無名のマッキンゼーへ行き(日本での大卒採用第一号)、ハーバード・ビジネススクールへの留学(マッキンゼーが推薦状を出さなかったのは驚き)、ウォール街のファースト・ボストンへの参画(ニューヨークでM&Aビジネスの渦中にいた数少ない日本人)、ケイデンスでの社長就任(シリコンバレー系)、ドイツ系「大企業」であるSAP日本法人の社長(本社からの「防波堤」の役割)、ルイ・ヴィトン日本法人の社長(ブランドビジネスの華)、というキャリアの軌跡を、なぜそういう決断をしたのか、そこで何を学んだのかを中心に綴っている。
確かに、この決して長くない期間に、米国系コンサル会社、米国系投資銀行、米国系ITベンチャー、ドイツ系IT大企業、フランス系ブランド企業という、業界も何もかも違う企業で要職を勤めた日本人は、私が知る限り藤井さんしかいない。その経緯やいろいろな考え(外資系企業の社長に求められるもの、顧客ニーズを聞かない商品開発、等々)は、それが事実に基づいているだけに、とても面白い。
最後の7〜9章は、副題の「日本人は〜」的に近い内容。第7章は、世界の中で日本・日本人はどのようなポジションにあるのか、を論じている。「外国人は住む場所を「選択」しているが日本人は住む場所に「所属」していると考えている」という指摘は面白いと思った。
第8章は、今後日本という「国」がどのように変わるべきか、を論じている。特に、「現場至上主義」に対する批判は秀逸。日本では現場を知る人が現場を知らない人に対して説明責任があることを理解していないとか、現場主義は矛盾を内在する決断ができないとか、全くその通りと思う。
最後の第9章が、日本「人」に対する提言。回答を探さないとか、自分の頭で問題自体を定義するとか、これまでの「日本人の強み(オペレーショナル・エクセレンス)」とは逆の強みを持つ人材の育成を説いている。英語力についても、「英語力の弱さは、今後致命的になる」と断じている。これを、「英語ができなくても、出世できるさ」と甘えている社会人(予備軍)に読ませてみたい。
というわけで、講演を聴いているようで、とても読みやすいし、これから世界と戦えるようになりたいと願う若いビジネスマンとか学生には特にお勧めの一冊。でも、藤井さんがケイデンスに行く前に在籍したはずのコンサル会社と、SAPからルイ・ヴィトンに移る間に在籍した会社のことに全く触れていないこと、ヴィトンを辞められた理由が少し釈然としないこと、副題的な「日本人への提言」は限定的であること、それに日本人のこれまでの強みを維持しながら逆のタイプの日本人を作るという矛盾をはらんだ教育についての提言については薄いので、良書だが☆は3つのみ。