昨今、所謂「グローバリゼーション」や「市場原理主義」へのナイーブな批判が渦巻いている。こうした議論に一石を投じる意味で、たとえば後者では、ジョン・マクミラン『
市場を創る』などが絶好の書物と考えるのだが、本書も主題となっている「グローバリゼーション」に対する素朴な礼賛や批難のそれではない。当書では「グローバリゼーション」の本質を捉え、その光と影を摘出しつつ、「人間の安全保障」概念に基づく「国際的な制度や仕組みの改革の必要性」を訴え、併せて「文明の衝突」論に言及した講演等も集録している。
インド生まれのA.セン博士は、アジア初のノーベル経済学賞を受賞した碩学であるが、本書で語っている主旨は『
貧困の克服』や『
人間の安全保障』などで展開した論理と基本的に変わらない。つまり、「グローバリゼーションは人類にとって新しい呪いでもなければ、新しい祝福でもなく、また新しい現象」(本書)でもなく、それは「過去に多大な機会と報酬を生み出した歴史的なプロセス」(人間の安全保障)であり、「中心となる争点は、グローバル化そのものの是非ではなく、市場の利用の善し悪しでもなく、実は制度的枠組みが全体的にバランスを欠いている」(同)ことなのだ。
博士が述べるごとく、諸文明は「衝突」するより、相互に影響・浸透し合いながら栄華盛衰を繰り広げてきたし、人類はグローバル化による様々な便益を享受してきたことは否めない。先出の故マクミラン教授も「生活水準を引き上げるための不完全な手段の一つ」である市場システムは、「経済の最悪の形態」としながら、チャーチルに倣って「これまでそのときどきに試みられてきたすべてのものを除けば」(市場を創る)と前置きし、「制度設計」の重要性などを説いている。「グローバリゼーション」と「マーケットメカニズム」…この2頭の“猛獣”をうまく“飼い慣らす”知恵が、今こそ私たちに求められている。