著者の苫米地氏は、天台宗の僧侶でもいらっしゃり、仏教関係の書物も多数執筆していらっしゃいます(例:お釈迦様の脳科学、悟りの教科書)。その関係か、「Rのゆらぎ」の概念をもとに、自己啓発系の著書でも、いわゆる上座部仏教系の重要な瞑想方法であり、日本でもスマナサーラ長老のおかげでここ数年で有名になったヴィパッサナー瞑想法についても、「歩行禅」(この表現は日本の禅宗の表現でありますが、本質は同じ)何度も紹介されていらっしゃいます。例えば近著の
超瞑想法の中にも取り上げていらっしゃいます。
歩行禅やヴィパッサナー瞑想法の歩く瞑想では、一切余計なことを考えずに、今、その瞬間に集中、と同時に、歩行の動作を「右足上げます運びますおろします」「左足…」と言葉で認識していき、僕も毎日実践して参りました。今でも、仏教の「気づき」を得るのに、最も良い方法だと感じています。
とは別に、この著書に従い、超並列処理のトレーニングもしてきました。
前置きが長くなりましたが、これまで、超並列処理のトレーニングと仏教の「気づき」のトレーニングが、どうも矛盾するようで、しっくりきていませんでした。
しかし、最近わかったのは、実は、仏教の「気づき」のレベルがあがると、一方で、超並列処理のトレーニングも非常にスムーズに行く、つまり両者は矛盾しない、ということです。
改めて本著を再度読み返して、鍵はバックグラウンド・プロセシング、つまり、無意識の処理にあるとわかりました(本著p.49)。
もちろん、「無意識」ですから意識できないのですが、仏教の気づきのトレーニングをとことんまで極めていくと、意識に上がる部分では完全に瞬間瞬間の感情、身体の動きが「外部化」されて、把握される一方で、余計なことを考えなくなるので、無意識下のバックグラウンド・プロセシングは極限まで効率化される、というわけです。
30分、1時間といった瞑想後に、良く、意図せずに、突然ひらめきが起こるのは、無意識のバックグラウンド・プロセシングの効率化のためかと思います。
従って、本著と「クロックサイクルの進め方」を併せてトレーニングを行うのは勿論ですが、それ以外にも、本著の超並列処理のトレーニングと、「超瞑想法」のトレーニング(特に歩行禅)は矛盾しないどころか、相互補完関係にあり、自然に無意識の処理を効率化してくれる、という訳です。訓練をしばらくの間、続けてきてはじめてわかったポイントです。
このことを気づかせてくれた著者に感謝するとともに、本著をビジネスマン、学生、理系文系を問わず(一見理系の人に受けるように見ますが)、なるべく多くの方に薦めさせて戴きたいと存じます。